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こんにちは!タナカユウキです。
今回は、とある美術館をけんちく目線でご紹介します。

建築というと、むつかしい顔をしながら腕を組んで考える、そんな分野に捉えられがち。
建築がもっと身近なものに感じられるよう「建築」ではなく「けんちく」のような柔らかい部分をお伝えできればと思います。

そして、けんちく目線を取り入れた場所の紹介を通して、素敵な建物との出会いや新たな発見につながれば嬉しいです。

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崖の上に隠された美術館

今回は、茨城県は五浦海岸の近くに佇む「茨城県天心記念五浦(いづら)美術館
クロマツが生える断崖と海の絶景、情緒のあふれる温泉旅館を楽しむことができる五浦海岸。
近代美術発祥の地ともいわれるこのエリアには、ある美術館がひっそりと建っています。

太平洋を見下ろす崖。この崖の上に「茨城県天心記念五浦美術館」はあります。

日本の美術文化を大きく進展させ、その素晴らしさを世界に伝えることに関して多くの偉業を成し遂げた岡倉天心。彼が一目見て気に入り、晩年の住みかとしたこの地には、天心ゆかりの施設が多く残されています。この美術館はそんな岡倉天心に敬意を表して建てられました。

建物の設計は、建築家・内藤廣さん。多くの気遣いや想いをもって、この美術館の設計に取り組んだそうです。

岡倉天心ゆかりの五浦は、景勝の地であり、史跡でもある。どんなに配慮を尽くしても、建物を建てることは、景観の中に何かをつけ加えることになる。海を望む崖の上のさほど広くない敷地に、どのように建物を置くか、が当初からの課題だった。

そのように語ったといわれる内藤廣さん。
素晴らしい景観をもつ場所に建物を計画するときは特に、周囲の環境と建物がいかに仲良くなってくれるかということが大切です。

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日本の音風景100選に挙げられているほどの豊かな自然とその風景を味わうことができる五浦海岸。
この美術館では、地面の高さと樹木の配置を調整し、建物を低くおさえることによって建物自体の存在感をやわらげる。そんな方法によって、五浦海岸の素晴らしい景観を損ねることなく美術館が建てられました。

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岡倉天心、そして、建築家の想いがつまった水盤

美術館正面の中庭には大きな水盤。池ではなく薄く水を張った水盤には、その場所を神聖な空間にする不思議な力があります。建物が水面にゆらめく様子は、とっても綺麗。時間を忘れて思わず見入ってしまいました。

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水盤の中心からすこし外れたところに設けられた、静かに湧き出る水。この湧き水は、館内にある岡倉天心像のレリーフ、そして、その先にある広大な海に向かって直線状に並ぶように配置されています。
鎖国が解かれ、横浜が開港して10年余りの明治4年。当時9歳であった岡倉天心は海の外の世界に憧れて、英語を学びました。その後、当時はまだ珍しかった流暢な英語を操る日本人として、日本の美術文化を世界に発信してゆくこととなった天心。

彼が数々の偉業を成し遂げるために海外へ向けられた熱き想いと精神。それらを表現するために、この水盤が設計されたそうです。
建築家が建物を設計するとき、物の配置や寸法にそっと想いを込める。そんな想いが込められているからこそ、この水盤は不思議な魅力を感じさせるのかもしれません。

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技術が隠された大空間

館内に入ると、大きなエントランスロビー。存在感をおさえた外観とのギャップに驚きます。幅・約24mのこの大空間は展示室やカフェ、ミュージアムショップへの基点になっていて、外からの光が豊かに届く気持ちの良い空間になっています。

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エントランスロビーに立ち、上を見上げると、大きなコンクリートの梁(はり)。
通常のコンクリートの場合は、強度の問題でこのような大空間を造るのは難しい。この美術館では「プレストレストコンクリート」というものを用いることでこのような大空間を実現しています。

少しご紹介をすると、次のような仕掛けをコンクリートに施します。
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1.コンクリートを流し込むための木の枠に鉄筋、そして、特殊なホース状のものを設置しコンクリートを流し込みます
2.コンクリートが固まったらホース状のものを左右から機械で引っ張ります
3.そのままホース状のものの先端を左右で固定すると、コンクリートの中にストレッチパワーが宿り、強いコンクリートが完成します。(ストレッチ第七星雲のとある宇宙人の言葉を拝借させて頂きました)
こうやって作られたコンクリートを「プレストレストコンクリート」といいます。

このような技術を用い、そして、組み合わせながらエントランスロビーの大空間を造り上げています。

「そこで過ごすひとが気持ちよくなるような大きな空間を造りたい」と考えるひとがいる。
「それをなんとか実現できる方法はないか」と試行錯誤を経て新しい技術を生み出すひとがいる。
このようにして建築の可能性はどんどん広がり、素敵な建物・空間が造られてきたのです。

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館内のガラスに設けられた衝突防止のマーク。いたるところで岡倉天心の横顔が「ここにガラスがあるから気を付けてね」と伝えています。

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館内の展望スペースからは岡倉天心の愛した五浦の海を眺めることができます。展示品を鑑賞したあとの高揚感とともに、目の前の海景色を味わうことができる素敵な空間でした。

海の目の前に美術館を建てるということ

海岸沿いはその景観が素晴らしい反面、厳しい気候条件や塩害による建物・展示物の傷みというリスクも伴います。繊細な美術品を守る立場にある建築は、そんなリスクに対処しなくてはなりません。この美術館においても、けんちく目線で見てみるといろいろな工夫がみえてきます。
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屋根は塩害による傷みに強い亜鉛という金属で葺かれています。亜鉛はサビにも強く、過酷な環境でその特徴を発揮します。

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壁については、外側・内側ともに珪藻土(けいそうど)という土で表面を仕上げています。これは厳しい気候条件に強いとともに、建物が地面の土からそのまま立ち上がり周囲の自然と馴染むようにするといった意図も込められています。
その他には建物の入り口を、海を背にして計画することで海風が建物の中に出来るだけ入らないように、そして、空調には特殊なフィルターをつけることで館内の塩分をほぼゼロにしているなどの知恵が取り入れられています。

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館内のカフェ「カメリア」では海を眺めながら、喫茶だけでなく食事も楽しむことができます。ここのビーフカレーがまた絶品でした。じっくり煮込まれた濃いルーに、ごろっとした肉がたっぷり入っていたのが個人的にツボでした。

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美術館周辺の散策コースには、断崖から五浦の海を眺めることができる場所があります。
波の音が心地よく魅力的な場所ですが、柵などが無いため足元には十分お気をつけください。

最後に、岡倉天心が茶道というテーマを通して、日本人の美意識を海外へ伝えるために書いた「茶の本」という一冊。そこで天心は次のことを書いています。

諸君は、野生の花が年々少なくなってゆくのに気はつきませんか。それは彼らの中の賢人ども
が、人がもっと人情のあるようになるまでこの世から去れと彼らに言ってきかせたのかもしれない。たぶん彼らは天へ移住してしまったのであろう。

かつて、自然だけが静かに息づいていたこの崖の上に美術館を建てる。それによって、元の自然に手を加えることになってしまったのかもしれません。
しかし、岡倉天心を顕彰し美術館を造りたいという企画者の想いと、この素晴らしい景観を出来るだけ損なわないようにと設計した建築家の想いがある。
海岸近くに自生する小浜菊がこの美術館の脇に力強く咲き乱れているのを見て、岡倉天心の想いもしっかりと汲み取られた美術館であると感じました。

    茨城県天心記念五浦美術館

    住所:茨城県北茨城市 大津町椿2083
    営業時間:4/1~9/30までは午前9時~午後5時
    10/1~3/31までは午前9時30分~午後5時
    ※入館は午後4時30分まで
    定休日:月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日休館)、12/29~1/1
    ※くわしくは美術館ホームページのカレンダーでご確認ください。
    URL:http://www.tenshin.museum.ibk.ed.jp/
    TEL:0293-46-5311

◆箱庭キュレーター
profile_tanakaタナカユウキ|Instagram
おなかの弱い一級建築士。国内を飛びまわりながら建築関係のお仕事をさせて頂いております。
好きな食べ物は、ドーナツとカレーライス。サンドイッチは縦に食べます。