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    箱庭4周年を記念して、「イラストレーター」「フォトグラファー」「デザイナー」「作家・アーティスト」の4つのジャンル×4人=16人のクリエイターの皆さんに、仕事についてお話を伺うスペシャルインタビュー。
    自分たちの仕事と真剣に向き合い、何かを生み出し続けている16名のクリエイターのお話には、仕事に対する姿勢や意識など参考にしたいヒントがたくさんあります。同じクリエイターとして仕事をしている方やクリエイターを志している方はもちろん、クリエイター職ではない方々にも、じっくりとお読みいただけましたら箱庭一同嬉しく思います。私たちがインタビューを通じて感じた、「私も頑張ろう!」という励みをみなさんも感じてくれることを願っています。

今回のインタビューは、フォトグラファー・井上佐由紀さんです。
箱庭が井上さんを知ったのは、ひょんなことから。彼女の愛猫・どんこでした。井上さんのブログ「どんころり」が、どんこの可愛らしさと素敵な写真で人気を呼び、そこから生まれたカレンダーをご紹介させて頂いたのです。
そんなきっかけで井上さんのお名前を知ったのですが、作品を拝見するとなんとも素敵な写真ばかり!数々の広告やCDジャケット、書籍などのお仕事で撮られている写真は、すっきりと透明感ある雰囲気でありながら凛としたものを感じる作品が印象的で、広告という枠に収まらずに写真として輝きを放っているように感じます。さらに、ご自身の写真集「reflection」(buddhapress, 2009)でも、その魅力を存分に発揮されており、一枚一枚に目を奪われてしまいました。
そんな、広告等の仕事としての活動と、写真集というご自身を表現する作品の発表とを両立されご活躍される井上さん。豊富なキャリアからお聞きしてきた“仕事”についてのお話は、みなさんのこれからにとって参考にしていただけるヒントがたくさん詰まっていると思います。

<井上さんの作品>

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写真集「reflection」(buddhapress, 2009)より

フォトグラファー井上佐由紀さんに聞く「フォトグラファー」の仕事とは。

Q. 「フォトグラファー」になろうと思った理由を教えてください。
私は、なりたい職業がすごくいっぱいある学生でした。考古学者になりたい、とかバイオテクノロジーの研究者になりたい、とか作家になりたい、とか。その中の一つに、カメラマンになりたい、というのがあったんです。親には「お前は一体何がしたいんだ」と言われ、進路を選ぶときにケンカしたほどです。

大学受験のとき、福岡にある大学の文学部に合格したんです。出身は、九州の福岡から電車で1時間くらいかかる、柳川という町。田舎だったので、当時は「東京に行きたい」という思いがありました。何がやりたいというよりも、とにかく東京に出たい。文学部に合格したのは良いけれど、そのときに「自分がなりたいのは小説家ではないな」と思ったんです。結局その文学部には行かず、一年間浪人しました。次の年に合格したのが、写真学科だったんです。そこで「自分に用意されているのは、写真なんだな」と思いました。当時人気だったカメラマンは、加納典明さんとか篠山紀信さん。そういった、芸能人的なカメラマンに憧れのようなものがあって、カメラマンになりたいと思いました。親は私を東京へは行かせたくなかったんですよ。大学までは九州で行ってくれと言われて。そのうちに東京へ行くのも諦めるだろうと思っていたみたいです。福岡にある、写真学科のある大学へ進学しました。

Q. 「フォトグラファー」になるためにどのような行動や心がけをしましたか?
大学を卒業して、やっぱり東京に行きたくて、恵比寿にある撮影スタジオのスタジオエビスに入社しました。親は「決まっちゃったんならしょうがないね」と諦めて。そこからは割と王道です。写真学科を卒業して、スタジオマンを経て、広告系の師匠に付いて、そこから独立して現在に至るという感じです。スタジオマンを経験して基礎を学んだら、すぐに独立する人もいます。しかし私は、しっかりとした広告の師匠について勉強させてもらう道を選びました。

大学では男子学生の方が多かったですね。東京や大阪の大学に受からなかった人とか、写真館の跡取りとか。スタジオに入って仕事を始めてからも、周りは圧倒的に男性が多かったです。一緒に入った10人のうち女性は2人だけ。今はむしろ女性の方が多いみたいです。カメラマンを目指す女性が増えてきているのでしょうね。

Q. 現在はどのような仕事(案件)を中心に活動していますか?
もう、なんでも! 広告の仕事をやりつつ、CDもやりつつ、書籍もやりつつ、雑誌もやりつつ。広告だと縛りがありますが、最近はラフの精度が良いので、それを越えるのが大変です。CDだと割と自由な感じ、よろしくね、と任せられることが多いです。チームの印象が強い広告は、みんなで作り上げていく感じが好きですね。それぞれが楽しいな! と思います。

営業は積極的に行った方が良いと思います。カメラマンなんて、世の中にたくさんいるので。デジタルになってからカメラの性能が上がったので、フィルムのときのように知識がなくても一眼レフとMacを持っていれば、オート機能である程度キレイなものが撮れてしまう。カメラマンは免許がありませんからね。すぐになることができるんですが、その分、生き残っていくのも大変です。

Q. 仕事で楽しいと感じる時、辛いと感じる時はそれぞれどんな時ですか?
楽しいときは、思った通りの天気だったときですね!自分は晴れ男だ、晴れ女だと自称するカメラマンは多いんですよ。逆に、雨が降りがちなカメラマンもいる(笑)。私は、天気は時の運だからそのときの状況でより良く仕上げるしかない、と思っています。その分、自分の希望通りの天気、「この時間にここで撮れたらもう全部がうまくいくな」と感じるときは、「なんて楽しいんだろう!」と思いますね。

辛いのは、ガッチガチに縛られるとき。例えば、猫のどんこがあそこに座っていますよね。雑誌だったらこれをパチリと撮ればOKです。しかし広告の場合はそうはいきません。例えば、ここに文字が入るデザインだからここに空間を入れなきゃいけない、だから、どんこのお尻の角度がもうちょっと斜めに、などの指示が入るわけです。「これでいいのに」と思うこともあります。仕事なのでわかるのですが、ほんのちょっとしたところをガッチガチに縛られると、ちょっと辛いなと思いますね。

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(まるで「一緒に話を聞くよ!」とばかりに取材の場に一緒にいてくれた、井上さんの愛猫“どんこ”。)

Q. オリジナリティを確立するために、心がけてきたことなど教えてください。
広告のお仕事は、カメラマンプレゼンをやることがあります。例えば、5人のカメラマンの作品を並べて、クライアントさんに選んでもらうんです。それを経てとれた仕事は、また次もとれるかというとそうではなくて、またプレゼンになるんですよ。まず、圧倒的多数の中からその5人に選ばれなくてはいけない。そして最終的には、その5人の中の1人に選ばれなくてはいけない。昔より、その密度が濃くなってきている、勝ち取るのが難しくなってきている気がします。

仕事の場合は「何をやってきたか」「誰を撮ってきたか」が見られます。時間をいくらでもかけられる「作品」の場合、良いものができるのは当然なんです。「仕事」という決められた時間の中で、どれくらいのものを見せることができるのか、ということ。それを判断する基準が、今までの仕事の成果なんですよね。

しかし、やっぱりそれだけではないこともあります。アートディレクターとの距離感とか、関わり方も影響します。色々な力関係もあります。でも、それは考えても仕方がない。考えても仕方がないことは考えないで、決まったら、頑張る。いただいた仕事に対して、自分ができる限りのことをして、頑張る。そのときやった仕事が良かったら、次につながりますから。

若い頃はいろいろ悩みました。「ああすれば良かったのかな」とか、「もっとこうできたかな」とか。今は「あのとき、あの場所でやれたことが全てだったんだ」と潔く引くことができているかな、と思います。

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Q. 今後、挑戦してみたい事ややってみたい事を教えてください。
個展をやりたいと思っています。個人的に定期的に撮っているものがいくつかあるので、そういうのを展示したいな。その一つは、生まれたての赤ちゃんの目。その目を見たいと思って、出産に立ち会わせてもらって撮っています。生まれて5分以内の赤ちゃんの目を、ひたすらアップで。これまでに20人以上の出産に立ち会いました。

赤ちゃんの目を撮り始めたきっかけは、亡くなった祖父でした。亡くなる前に10年くらい寝たきりだったのですが、そのときに、コミュニケーションの一環として、目のアップを撮り始めたんです。その目は、だんだん見えなくなってきて白濁していったのですが、その様子がすごくキレイだなと思い、目だけを撮らせてもらっていました。でも、そのときの祖父の目は、どうしても終わりに向かっていく感じで。すると、そうするうちに、逆が見たくなったんです。これから開く目が。
そうして、助産院を探して撮らせて頂けるところを探して、撮るようになりました。撮りためた作品は、どうやってまとめようか考え中です。

あと、対馬に狩猟を撮りに行っています。たまたま知り合いになった女性が、猟師の資格を持っていたんです。その方の案内で、撃ったあとのイノシシの目などを撮っています。人間のエゴに見える部分と、共存していくためには仕方がないという部分のせめぎ合いが、難しいなと思いながら見ています。

出産も狩猟も、命にまつわることを撮っていると、生きていることは当たり前じゃないんだと気付かされます。仕事ではデジカメを使うことが多いのですが、出産と狩猟の撮影のときは、フィルムで撮ります。生死、命にまつわることは、すぐにチェックすることができない状態に身を置いて撮りたいと思っているんです。

お産の現場ってすごく暗いので、本当はデジタルの高感度カメラで撮った方がキレイに写るはずなんですが、緊張感が張り詰める中で、自分もギリギリの一発勝負で撮りたいという思いがあって。感度の高いフィルムで撮っています。狩猟の場でも、緊張感が欲しいんです。ダラダラいつまでも撮れるという方法では撮りたくないな、と。

デジカメの良し悪しでもありますが、その場ですぐにチェックできる安心感と引き換えに、画があがってきたときに想像を挟む余地がない。昔はポラを見てチェックして、「大丈夫です」とGOを出して、みんなに見せて「こんな感じで写っていたんですね!」という感動が共有できていましたが、今そういうのはないですよね。それがなんだか寂しいなと思います。なので、自分の作品は、あえてフィルムでちょっと雑なくらい、粒子も荒れているくらいで。撮る枚数にも限度がある、という制約を入れる方が良いのかなと思っています。

Q. 最後に、これから「フォトグラファー」を目指す方にメッセージをいただけますか。
師匠である、フォトグラファーの蓮井幹生さんに言われた、「何かを撮るときに、嘘でもいいから、それを好きだと思って撮れ」という言葉です。勘違いでも良いから、それを好きだと思うことが大事だ、と。写真を撮っていて思うのですが、自分の興味がないものを撮っていると、それが写真に出てしまうんですよ。仕事だと、必ずしも好きなものを撮れる訳ではありません。それを好きだと思って撮れないと、良いものにはならないよと言われました。

それを言われたのは、私が独立して2年くらいの頃。師匠が、私が撮った写真を見て、「なんでこれを自分が撮らなくちゃいけないの?」と思いながらやっているだろう、と言ったのです。その通りだと思いました。この言葉は、いまだに撮る前に思い出しますね。

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    井上佐由紀|写真家
    1974年福岡県柳川市出身。東京都渋谷区在住。
    1993年九州産業大学芸術学部写真映像学科に入学。大学ではアメリカの現代写真の研究者として知られる故小久保彰氏に師事し写真史と写真表現を学ぶ。
    International Photography Awards、ONWARD Compe、APAアワード入選。
    WEBサイト:http://inouesayuki.com/ph/

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