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クリエイターインタビュー|映画監督 西川美和さん 前編
映画『永い言い訳』監督・西川美和さんの仕事
今回、お話を伺ったのは映画監督に西川美和さん。『ゆれる』、『ディア・ドクター』、『夢売るふたり』など日本国内だけでなく世界でも高く評価されている女性映画監督です。
10月には本木雅弘さん主演の最新作『永い言い訳』の公開が控えている、西川さんに本作で描きたかったテーマや映画監督としてのお仕事についてお話を伺ってきました!
映画『永い言い訳』
出演:本木雅弘/竹原ピストル 藤田健心 白鳥玉季 堀内敬子/池松壮亮 黒木華 山田真歩/深津絵里
原作・脚本・監督:西川美和 原作:『永い言い訳』(文春文庫刊)
©2016『永い言い訳』製作委員会
10月14日(金)より、全国ロードショー!
公式サイト:nagai-iiwake.com
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(きぬがささちお)(本木雅弘)は、妻・夏子(深津絵里)が旅先で不慮の事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。まさにその時、不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。そんなある日、妻の親友の遺族――トラック運転手の夫・陽一(竹原ピストル)とその子供たちに出会った幸夫は、ふとした思いつきから幼い彼らの世話を買って出る。子供を持たない幸夫は、誰かのために生きる幸せを初めて知り、虚しかった毎日が輝きだすのだが…。
箱庭(以下、箱):今まで西川さんの作品は何かが壊れていく過程を描いているものが多いような気がするのですが、今回は幸夫が再生していく様子が描かれていますよね。映画『永い言い訳』で描きたかったテーマと伝えたかったメッセージを教えてください。
西川さん(以下、西):おっしゃる通りですね。これまでの作品を振り返ると、整っていたものの表皮が剥がれ、本質が見えて崩壊し、それとともに何かを発見するという物語が多かったような気がします。
ただ、崩壊する過程というのはすごくドラマチックなんですけど、崩壊して終わりというのは映画だからできることで、崩壊したあとに収拾をつけることの方が時間はかかるし、永くて退屈でしんどいんだと思うようになったんです。だからドラマチックな崩壊を一番はじめに持ってきて、そのあとの永くて退屈で難しい日々を書いてみようというのが今回のアプローチでしたね。
箱:新しいアプローチでやってみようと思ったきっかけはあったのでしょうか?
西:人生で経験してきたいろいろなものが複雑に影響してきているとは思いますけど、人を亡くす経験という意味においては、映画「ディア・ドクター」までの私の作品のプロデュースをしてきてくださった安田匡裕(やすだ まさひろ)さんというプロデューサーが、突然亡くなってしまったんです。私の中に、安田さんが「お前は映画を撮れ」と言ってくれるから、やってきたというような気持ちがずっとあったんですけど、それが急に放り出されてしまったような感じになってしまって。仕事をしていく上での父親のような存在だったので、その存在が欠落するというのは、悲しみもさることながら非常に焦るんですよね。仕事にも関わっていることなので、その欠落を埋めようとしたり、誰か代わりが見つかるなじゃないかと思ったり。
いろんなことをしてみた結果、その穴が埋まるということではないんだということに気づくんです。喪失というのは喪失自体が「無」になることはなくて、喪失を抱えながら生き方を変えていくしかないんだと気づくまでにすごく時間がかかりました。
かたや安田さんが亡くなったことで生まれる出会いもあって。お互いが安田さんの穴を埋めるために、別の進み方をして、その結果関係性が育まれて、自分も少しずつ変わってくるということもあるんだなと思うようになったです。
そういう意味では自分の経験が少なからず物語にも影響していると思いますね。
箱:これまでもオリジナルの作品を作られているということで、脚本はすべてご自身で書かれていますよね。今回は先に小説を上梓してから脚本を作るという今までと違うプロセスだったそうですが…
西:実は、順番をひっくり返しただけなんですよね。いつもいろいろなものを材料として準備していて、映画の中には出てこない登場人物ひとりひとりのバッググラウンドや場面というのもたくさん想定して脚本を書いています。だけど、映画は2時間前後の中に収めなくてはいけないし、予算も決まっているからできることは限られているので、脚本に書いているのは抽出して抽出して選んだものだけだったりするんです。そういうところで、書きたいのに書けないストレスがどこかにあって。準備している材料はいつもと一緒なんですけど、今回は5本目ということもあり、自分でもちょっとやり方を変えてみたいなと思ったんです。制約を念頭に置くのではなく、いろんな書き方をしてみることにしようと。
箱:小説を先に書いてみたことで、気づいたことなどありましたか?
西:やっぱり小説は物理的な制約に縛られないので、映画作りをしている立場からすると、非常に自由さがあると思いましたね。そのおかげで、人物設計だとか、シチュエーションの細かいところまであますところなく準備ができたというのはあります。
あと、今回は小説書いて、シナリオ書いて、ようやく現場という流れだったので、ひとりの時間が本当に長かったんです。もう書いても書いても、スタッフのところに行けなくて(笑)。ひとりの作業時間が長かった分、人と一緒に映画を撮れるということをより楽しみに思うようになりました。
若い頃は、たくさんの人と一緒に仕事をすることや自分が責任を負うということが本当にプレッシャーだったんです。だけど、最近はひとりで長いトンネルを歩く時間が長かったからか、「これを書き終えればみんなが集まってくれる!」と思うようになりましたね。
好きなものに触れられていることの幸せ
箱:若い頃は、プレッシャーがあったということですが、それを乗り越えようと何かしたということはあるんですか?それとも時間が解決してくれたのでしょうか?
西:やっぱり乗り越えようと思っても乗り越えられなかったですよ。「しょうがない。自分は監督という仕事に就いたのだから」と思って、ふてくされながらもやるしかないんですよね。プレッシャーを背負って続けていくうちに、自然と景色が変わってきたのだと思います。
箱:西川さんはもともと映画監督を目指していたわけではないというお話を以前何かの記事で拝見したんですけど…
西:そうですね。映画に関わる仕事に就きたいとは思っていたけれど、よもや映画監督になるとは想像もしていなかったので、当惑しながらやり続けています。今も当惑はしているんですけどね。
箱:というと、脚本家になりたかったのでしょうか?
西:先に具体的にやりたいポジションがあってというよりは、映画の中に何か自分に合うポジションはないかなと探りながらこの世界に入ったんです。私を映画の世界に引き入れてくれたのは「海街diary」や「そして、父になる」の是枝監督で。
是枝監督のすぐ下で仕事をしていたこともあり、周りの方々からも「監督をできるようにがんばりなさい」と言っていただきました。それで、監督の道へ進んでいったという感じですね。
箱:映画の世界に入ろうと思ったきっかけは、映画が好きだったからですか?
西:そうです、そうです。自分が一番好きなものに触れて生きていければ、そんなに幸せなことはないだろうなと思っていたので。それで映画の世界の扉を叩いたんです。大変なところに来てしまったという思いはありますが、今でもその気持ちは変わらないですね。自分が一番好きなものに触れていられるのは、すごく幸せなことだと思っています。
自分の中から出てくる感情が反映されている
箱:西川さんの映画は、登場人物の心情がどれもリアルで、まるで自分のことのように感じることもあるのですが、普段から人を観察されていたりするんですか?
西:人とか関わっていく中で、発見していくこともあるのですが、自分の中から出てきたものの方が多いですね。自分が気に病んでいたり打ち明けられずにいる秘密を、勇気を出して言ってみると、意外と他の人も抱えていたということは結構あると思うんです。
今回もこんな変なこと考えているのは自分だけだろうなって思っていたことに、共感したという感想や我がことのようだと言ってくれる方が意外にも多かったので。不思議だなと思いましたね(笑)。
箱:自分自身も意識していなかったんですけど、映画に共感することではじめて、自分の気持ちに気がついた部分もありました。特に幸夫くんに共感できる部分が多く、まるで自分のように感じて…。「愛してくれる人を大切するということ」は自分の心に刻もうと思いました。
西:幸夫的な自意識を抱えるのは男性だけではないと思うんです。女性は主人公の欠点に自分自身を重ねると同時に「自分だけではないんだ」と解放されたような感想を仰ることが多いですが、中年男性からはあまりに自分に近すぎて傷つく、というナイーブなご感想もありました(笑)。
たまたま男性の主人公で描きましたが、性別に関係なく、人間はみんなああいった屈託や業を抱えて四苦八苦してるんじゃないかと私自身は思っています。
箱:お子さんの成長の過程も繊細に描かれていましたよね。
西:子どもが出る作品は今回が初めてだったんですけど、子どもがいる生活がどういうもの
か具体的にわからないので、小さい子どもがいる友人の家に何日間か泊めてもらい、彼らが食べているものを食べたり、保育園の送り迎えに行ったり、一緒に生活をするという経験はさせてもらいました。
私は子どもがいないので、他人の子どもとどう距離をとっていいのかわからないところがあるんです。仕事で子どもと接することもたまにありますが、相手は非常に素直な人たちですから、こっちの思惑通りに仲良く分かり合えることばかりじゃない。かといって、我が子のように容赦なく接することにも遠慮がある。子育てという大仕事で打ちのめされていないから、こっちも結局子供なんですよ。子供の「ままならなさ」みたいなことに対して、いつも当惑するし、耐性が低いんですよね。そういう、親になっていない大人の子どもじみた感覚は自分はよく知っている(笑)。
幸夫にあるような子どもがいない人間と他人の子どもとの距離感の難しさというのは、私自身が子役と接する中で感じてきたことが投影されていると思いますね。
箱:子役のお2人も撮影の中で成長していった感じなのですか?
西:実際撮るまではどれくらいの変化があるのかわからなかったんですけど、春から夏になるまでの間にも少しずつ大きくなってるし、ものもわかるようになっているし、意識も変わっていってて。お兄ちゃんなんか特に声もちょっと変わったり、顔つきやホホの肉付きも変わっていきましたね。
あと、子どもが成長する様子って大人たちはなんだか無性にうれしくなるんだなと感じました。そして同時に、あんなに赤ちゃんみたいだったのに、どんどん成長していくんだなというさみしさもあって…。それは私だけじゃなくてスタッフ全員が感じていたみたいです。そんな風にして子役を叱ったりなだめたりして、賑やかに過ごした1年だったので、とても活気のある現場だったと思います。
次回は映画監督というお仕事の大変なこと、そしてうれしい瞬間についてお話を伺います!
西川美和
1974年、広島県出身。早稲田大学第一文学部卒。在学中に是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』(99)にスタッフとして参加。フリーランスの助監督として活動後、02年に平凡な一家の転覆劇を描いた『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。第58回毎日映画コンクール・脚本賞ほか。
06年、対照的な性格の兄弟の関係性の反転を描いた長編第二作『ゆれる』を発表し、第59回カンヌ国際映画祭監督週間に出品。国内で9ヶ月のロングラン上映を果たし、第58回読売文学賞戯曲・シナリオ賞ほか。また撮影後に初の小説『ゆれる』を上梓した。
09年、僻地の無医村に紛れ込んでいた偽医者が村人からの期待と職責に追い込まれてゆく『ディア・ドクター』を発表。本作のための僻地医療の取材をもとに小説『きのうの神さま』を上梓。
11年、伯父の終戦体験の手記をもとにした小説『その日東京駅五時二十五分発』を上梓。12年には火災で一切を失った一組の夫婦の犯罪劇と、彼らに取り込まれる女たちの生を描いた『夢売るふたり』を発表。
15年、小説『永い言い訳』を上梓、初めて原作小説を映画製作に先行させた。16年10月14日より、最新映画『永い言い訳』が全国公開予定。