西川美和

西川美和さんに聞く、映画作りの大変なこと、うれしいこと

前回に引き続き映画『永い言い訳』の監督、西川美和さんにお話を伺います。今回は映画作りでの苦悩やうれしい瞬間についてお話を聞いてきました。

箱庭(以下、箱):別のインタビュー記事で「今回は時間に余裕があったから迷える贅沢があった」という言葉があったかと思うんですけど。その言葉がすごく印象的でした。

西川さん(以下、西):結果論にはなりますが、振り返るとこれまですごく虚勢を張っていたところがあったのだとは思います。私には一瞬で何かの良し悪しを判断したりする決断力って、実はないんですよ。でも映画制作は時間との戦いでもあるので、ワンチャンス、ワンチャンス時間と格闘する戦場だと思っていました。そこで、自分に自信がないということをなんとか埋め合わせるために、即断即決の態度で今まで監督をやってきましたし、即断即決をするために死ぬほど準備をして、現場では絶対に迷わないようにしてきたんです。

「監督、これも撮っておきますか?」と聞かれたら「いらない」、「あっちもいるんじゃないですか?」「大丈夫です」という態度でやってきて。それが自分でも楽だったんですよね。選択肢が増えると迷って辛いから、選択肢自体を増やしたくないというのが私の性格で。でも今回は、予測不能の子どもたちが出演していたり、制作の時間もあったので、迷うことを自分に許してみようかと思ったんです。

永い言い訳

箱:迷うことを許すとは例えばどんなことなのでしょうか?

西:今回は監督助手を入れてみたんです。もともと是枝監督が監督助手というポジションを作っていたので、今回私のチームにも監督助手というポジションを設けてみたんですけど、今回監督助手を務めた子が「なんか今の芝居違います」とか「少しサイズがよくない」とかを指摘するんですよ。でも、映画の撮影現場には、演出は監督のものだという認識があるので、そういう指摘をする人って普通はいなくて。予算やスケジュールがきつければきついほど、みんなどこかでちょっと「あれ?」と思いながらもブレーキをかける人間がいないので、前に進むことだけが優先される。そういう場所なんです。

そんな状況の中で、作品をよくするための意見とは言え、進行を妨げる発言をすることはすごく勇気がいることだと思います。私自身すごくヒヤヒヤしましたね。監督がOKなのに、その下のポジションの子が首を捻っているから監督のジャッジが覆るという状況は、周りのスタッフを不安にさせるんじゃないのかとか。変な話、私の威信に関わるというか。だから黙っていて欲しい瞬間もあって(笑)。でも、監督助手である彼女の映画作りに対する非常に真摯な情熱がそれに勝ってくれ、投げ出さずに色んな意見を言ってくれたんです。だから、私も今回は「今のでOK!だけど、もう1カット別のアングルから撮ってもいいですか?」ということをなるべく言うようにしてみました。そうするとやっぱり思ってた通り、迷いが生じ、わけがわかんなくなってくるんですよ。こんなことなら選択肢増やさなければよかったとも思いましたね。現場ではみっともない姿を晒し、スタッフは「なかなか決まらないなー」みたいな顔してるし…って。

でも、後々編集作業に入ると、「なんかちょっとうまくいってないな」と思ったときに、膨大な無駄の中にリカバリーの種みたいなものがあるんですよね。1テイク1方向しか撮ってなかったら修正のしようがないのに、今回はカット数もテイク数も本当にたくさんあったので。あのグズグズでだらしないと思っていた現場の中に救済索が見えたというのは、本当に最後の最後にわかったことですね。

さっきスタッフがため息ついていたと言ったのは半分冗談で、実はほとんどのスタッフがそれを許容してくれていたんです。「時間があるんだから、やりましょうよ」とみんな言ってくれたので。それは本当に贅沢だなと思いましたね。

西川美和

映画の喜びは人と一緒に作れること

箱:西川さんが映画作りで一番大切にしていることはなんでしょうか?

西:「これがなければやっていられない」というものなら、それは自分で脚本を書くということですかね。原作はともかく、シナリオを書くということを奪われてしまったら、どう立っていいのかわからなくなってしまいます。自分が脚本を書くということは何がなくてもなくてはならないものです。

自分で書くという意味では、小説も脚本も一緒ですけど、映画の喜びは人と一緒に作れるということですね。小説を書いてるとき、「小説家の人はよく寂しくならないな」って思いましたもん。

箱:やっぱりチームがあるというのがモチベーションにもなるということなんですかね。

西:そうですね。小説家という仕事は無限の孤独に耐え続けられないとできないんだなと思ったし、私の場合は脚本さえ書き上げれば一緒に作れる仲間が集まりますからね。

永い言い訳

箱:映画を作っていくうえで一番うれしい瞬間はどんなときか教えていただけないでしょうか?

西:一番うれしい瞬間っていうのは、本当にその都度その都度なんですよね。

でも、壁にぶつかって全然打開策が見つからなくて、「うわダメだ…自分には能力がない…」と悩みこんで、そうやって3日間ずっとそのことを考えていたら、ポンッと抜け道が見つかことがある。そのときが一番うれしいですね(笑)。

箱:誰かに相談するのではなく。自分の中で考えることが多いのですか?

西:相談することか…。私だいたい実家で書くんですよ。母親を相手に「こうなって、あれがうまくいかなくて…」ってほとんど独り言みたいに話しちゃうことはあります。ブレストもそうですけど、しゃべることで整理ができて、自分で勝手に答えが出せることってありますよね。結局自分で答えを出さないと、問題って解決されないので。

現場でも「うー…テイク25…」みたいな時に、ポンッと何かが弾けたかのように解決する瞬間がやっぱり一番うれしいです。映画が完成した瞬間にもう自分のものではなくなる感じがするので、お客さんに見てもらったり、数字が出るのは頭で考えるとうれしいけれど、本音を言うと感情的なうれしさはやっぱり作っている日々の中にありますね。

完成した瞬間にもうやることがなくなっちゃうから、さみしくなっちゃう。

西川美和

箱:そうなんですね・映画の賞を獲ってうれしいというのはまた違う感情なんですか?

西:誰かに褒めていただくことで、関わってくれたスタッフに対して申し訳がついたという気持ちはあります。みんなに力を出してもらったことが人に褒めてもらえるものになったんだという。でも、それもすごく頭で考えた上での気持ちなので。本当にうれしい瞬間というのはやっぱり作っている過程の中にありますね。きっとモノ作りをしている人ってそうですよね。

 

なんとなく男性のイメージが強い映画監督というというお仕事。そんな中でも世界の第一線で活躍している女性監督ということで、どんな方なのだろう?とドキドキしながらお会いすると、とても優しい雰囲気が印象的でした。

悩んだり、迷ったり、突破口が見えた瞬間のうれしさだったり、共感できるお話の数々に「だから西川さんの映画には共感する部分があるのだな」となんだかしっくり来てしまいました。

西川さん、どうもありがとうございました!

ぜひ、映画『永い言い訳』も見てみて下さいね!

  • 映画『永い言い訳

  • 出演:本木雅弘/竹原ピストル 藤田健心 白鳥玉季 堀内敬子/池松壮亮 黒木華 山田真歩/深津絵里
  • 原作・脚本・監督:西川美和 原作:『永い言い訳』(文春文庫刊)
  • ©2016『永い言い訳』製作委員会
  • 10月14日(金)より、全国ロードショー!
  • 公式サイト:nagai-iiwake.com
  • 人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(きぬがささちお)(本木雅弘)は、妻・夏子(深津絵里)が旅先で不慮の事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。まさにその時、不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。そんなある日、妻の親友の遺族――トラック運転手の夫・陽一(竹原ピストル)とその子供たちに出会った幸夫は、ふとした思いつきから幼い彼らの世話を買って出る。子供を持たない幸夫は、誰かのために生きる幸せを初めて知り、虚しかった毎日が輝きだすのだが…。

西川美和

1974年、広島県出身。早稲田大学第一文学部卒。在学中に是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』(99)にスタッフとして参加。フリーランスの助監督として活動後、02年に平凡な一家の転覆劇を描いた『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。第58回毎日映画コンクール・脚本賞ほか。

06年、対照的な性格の兄弟の関係性の反転を描いた長編第二作『ゆれる』を発表し、第59回カンヌ国際映画祭監督週間に出品。国内で9ヶ月のロングラン上映を果たし、第58回読売文学賞戯曲・シナリオ賞ほか。また撮影後に初の小説『ゆれる』を上梓した。

09年、僻地の無医村に紛れ込んでいた偽医者が村人からの期待と職責に追い込まれてゆく『ディア・ドクター』を発表。本作のための僻地医療の取材をもとに小説『きのうの神さま』を上梓。

11年、伯父の終戦体験の手記をもとにした小説『その日東京駅五時二十五分発』を上梓。12年には火災で一切を失った一組の夫婦の犯罪劇と、彼らに取り込まれる女たちの生を描いた『夢売るふたり』を発表。

15年、小説『永い言い訳』を上梓、初めて原作小説を映画製作に先行させた。16年10月14日より、最新映画『永い言い訳』が全国公開予定。