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荻上直子監督インタビュー前編|『かもめ食堂』から11年。監督自身が第二章と公言する『彼らが本気で編むときは、』への想いとは。
(C)2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会
今回お話を伺ったのは、映画監督の荻上直子さん。箱庭読者にもファンが多い『かもめ食堂』『めがね』などで、日本映画の新しいジャンルを築いてきた女性映画監督です。
今月25日(土)には、荻上監督 5 年ぶりの最新作『彼らが本気で編むときは、』が公開となります。編み物をモチーフに、セクシュアル・マイノリティ(LGBT)であるトランスジェンダーの女性リンコを主人公として物語に取り込んだ本作。その主演リンコ役には生田斗真、リンコの恋人マキオ役には桐谷健太。さらに、ミムラ、小池栄子、りりィ、門脇麦、田中美佐子ら豪華な女優陣が集結しています。
…あれ?これまでの荻上監督作品とはちょっと様子が異なる!?
そうです。本作は、これまでの監督作品とは、一味違う作品となっています。
荻上監督自らも、こう叫びます。
「癒し系、スローライフなどが、私の過去の映画のイメージと言われてきました。
しかし、もはや、癒してなるものか!
この映画は、人生においても映画監督としても、荻上直子、第二章の始まりです。」
インタビュー前編は、荻上監督が並々ならぬ想いを抱いてつくりあげた本作について、詳しくお聞きしました。
映画『彼らが本気で編むときは、』
優しさに満ちたトランスジェンダーの女性リンコと、
彼女の心の美しさに惹かれ、すべてを受け入れる恋人のマキオ。
そんなカップルの前に現れた、愛を知らない孤独な少女トモ。
桜の季節に出会った3人が、それぞれの幸せを見つけるまでの心温まる60日。
小学5年生のトモ(柿原りんか)は、荒れ放題の部屋で母ヒロミ(ミムラ)と二人暮らし。ある日、ヒロミが男を追って姿を消す。ひとりきりになったトモは、叔父で あるマキオ(桐谷健太)の家に向かう。母の家出は初めてではない。ただ以前と違うのは、マキオはリンコ(生田斗真)という美しい恋人と一緒に暮らしていた。 食卓を彩るリンコの美味しい手料理に、安らぎを感じる団らんのひととき。母は決して与えてくれなかった家庭の温もりや、母よりも自分に愛情を注いでくれるリンコに、戸惑いながらも信頼を寄せていくトモ。本当の家族ではないけれど、3人で過ごす特別な日々は、人生のかけがえのないもの、本当の幸せとは何かを教えてくれる至福の時間になっていく。それぞれの気持ちを編み物に託して3人が本気で編んだ先にあるものは…。
トランスジェンダーの悩みではなく、その先を描きたかった
箱庭:映画『かもめ食堂』『めがね』など、“ほっこり”や“スローライフ”といったイメージが強かったので、本作を鑑賞してびっくりしました。まずは、本作で描きたかったテーマと伝えたかったメッセージを教えてください。
荻上監督:本作では、リンコというトランスジェンダーの女性がいますが、トランスジェンダーであることを悩むという映画ではなくて、そのもうひとつ先を描きたかったんです。リンコが女性の心を持ったとして、母親になりたいと思ったときに、トモという女の子との関係性のこと。そして、リンコとトモ以外にも、トモと母親のヒロミ、ヒロミと母親、トモの同級生とその母親など、さまざまなタイプの母と娘、母と息子が登場しますが、そういった母と子の関係性を描きたいと思いました。
箱庭:それは、ご自身が5年間の間に母親になったことが影響されているんでしょうか。
荻上監督:そうですね。母と娘とか、母と息子とか、母親との関係性って、切りたくても切れないじゃないですか。たとえどれだけ恨んでいても、切れない。寄り添うというよりは、いろいろなカタチの母と子の関係性を描きたかったんです。
箱庭:正直、テーマを初めて読んだときは、この映画は重い内容なのかなと思ったのです。でも、リンコさんには重さが感じられなくて。トランスジェンダーだからの悩みとか生きづらさが主題ではないんだなと感じました。
荻上監督:作品づくりのきっかけになった新聞記事の親子がいるんですけど、その母親がトランスジェンダーの我が子のことを最初からすごく認めていて、受け入れていたんですね。実際に会いに行った時に、トランスジェンダーの彼女が「どれだけ苦労したんですかみたいな質問をよくされますが、母がちゃんと認めてくれて、受け止めてくれるのを分かっていたから、苦労したことはなかった。」とおっしゃるんです。その方もお母様も、すごく自然体で素敵な人で。だから、トランスジェンダーであることで差別的なことを言われたこともあったと思うんですけど、お母さんさえ味方でいれば、悩んで、悩んで、悩んで…っていうことにはならないんだなと思ったんです。
箱庭:だから、観終わったあと、トランスジェンダーの映画というよりも、母と娘の映画という印象を強く感じたのかもしれないですね。
荻上監督:はい。そういう想いでつくりました。
今までとは違うステージへ行きたかった
(C)2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会
箱庭:これまでの作品では、もたいまさこさんや、小林聡美さんのように常連の役者さんがいましたが、本作ではキャストがガラリと変わっていますよね。
荻上監督:そうですね。今までとは違うステージにいきたくて、ほぼ全員初めての方かな。今まで仕事をしていない人たちとやってみたいと思いました。
箱庭:生田さんが本当にきれいで、衝撃的でした。
荻上監督:そういう感想の方と、そうは言ってもやはり男性ですし肩幅があったり背が高かったりで、女性なんだけどやっぱりトランスジェンダーの女性で、完全な女性として見えないという感想の方がいますね。でもそういうところがリアルだったという感想の方がいました。
箱庭:今回、リンコ役を生田さんにお願いした決め手は、どういった部分にあるのでしょうか。
荻上監督:ビジュアル的にきれいな人で、女の子にしたときにちゃんと女の子になれる人にやってもらいたいと思い、生田さんにお願いしました。生田さんは、映像で見ていて、もっと華奢な人だと想像していたんです。だけど、実際にお会いしたら、想像以上に体格が良くて。当たり前ですが、男の人だなと思って。そこがまた良かったですね。
箱庭:タイトルにも『彼らが本気で編むときは、』とありますが、監督の作品では編み物が出てくることが度々ありますよね。今回、編み物を悔しさなどのはけ口にしていますが、それには理由は何かあるのでしょうか。
荻上監督:自分が28歳くらいの頃に、将来が見えなくて、お金もなくて、映画監督になれるかどうか不安だった時期があったんです。その時に、ふと編み物をやってみたんですよね。立て続けに3本くらいのマフラーを編んでいたんですが、無心になれる感じがあったし、不安みたいなものを取り除く作用があると思ったんです。その経験から、悔しいときとかに、編み物をやることで、その気持ちが浄化されたりするのかなと思いました。
作品の中でも言っていますが、男性が女性になる手術をするというのは、みんな大変な想いや、ある種の覚悟を持って挑んでいると思うんですよ。それで単純に、どうやって気持ちの整理をしてるのかなと思って。その気持ちの整理の仕方の表現として、編み物につながったんです。
子どもが生まれて、自分より大切なものが出来る感覚を知った
箱庭:ここから人生も映画作りも第二章と公言していますが、第一章から第二章までで一番変化があったことは、どういったことでしょうか。
荻上監督:やっぱり子供が生まれたことですね。私は本当に自分勝手な人間で、自分のことしか考えていなかったんです。そんな私に子供が生まれて、はじめて自分より大切なものが出来るという感覚を知りました。それが、この映画にもすごく出ていると思います。それは狙ったわけではなく、必然的に出た感じです。
箱庭:タイトルを見た時から、これまでの荻上監督の作品と違うなと思ったんですけど、本作を観て「違うけど変わっていないものがある」とも感じました。
荻上監督:それは、私自身も思っていたことですね。私がどれだけ変わりたいと思っていても、結局自分が作っているものではあるので。気持ち的には新しいステージに行こうってすごく思っていたし、こういう作品をつくりましたが、でも撮り方とかは変わらないんですよね。ここは1カットで全部撮っちゃおうとか。その時の空気感をおさめていく感じは、変わらないですね。新しいステージだから違う撮り方をしてみようとか、そういうことではく、気持ちの部分で変化があって、それがあらわれた映画になっていると思います。
次回は、映画監督になった経緯や、映画づくりの大変なことやうれしい瞬間についてお聞きします。
◆荻上直子監督
デビュー作『バーバー吉野』(03)でベルリン国際映画祭児童映画部門特別賞を受賞。『かもめ食堂』(06)の大ヒットにより、日本映画の新しいジャンルを築く。『めがね』(07)は、海外の映画祭でも注目を集め、08年サンダンスフィルム映画祭、香港映画祭、サンフランシスコ映画祭などに出品され、ベルリン国際映画祭では、サルツゲーバー賞を受賞した。『トイレット』(10)では、第61回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞し前作『レンタネコ』(12)では第62回ベルリン国際映画祭パノラマ部門正式出品された。本作『彼らが本気で編むときは、』は監督の脚本によるオリジナル企画である。
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『彼らが本気で編むときは、』
脚本・監督:荻上直子
生田斗真、柿原りんか、ミムラ、小池栄子、門脇麦、柏原収史、込江海翔、りりィ、田中美佐子 / 桐谷健太
製作:電通、ジェイ・ストーム、パルコ、ソニー・ミュージックエンタテインメント、パラダイス・カフェ
制作プロダクション:パラダイス・カフェ 配給:スールキートス
助成:文化庁文化芸術振興費補助金
文部科学省選定作品(少年向き・青年向き・成人向き)
©2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会
2017年2月25日(土)、新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー!
公式ウェブサイト http://kareamu.com