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今回お話を伺ったのは、グラフィックデザイナーの赤羽美和さんです。
スウェーデンのセント・ヨーラン病院におけるホスピタルアートプロジェクトでは、世界各国から約200点の応募があった「パターン(模様)」を募るコンペで赤羽さんの提案した「JAM」プロジェクトが見事採用。この「JAM」プロジェクトは、病院関係者と「丸、三角、四角」でドローイングをするワークショップを実施し、誕生した造形の一部を切りとり、組合わせながらパターンをつくっていくという製作プロセスも多くの話題を集め、日本でも今年7月に「ホスピタルとデザイン展」という企画展が実施されました。(展示の模様はこちらから)

赤羽さんの観点や製作プロセスは非常に興味深いのですが、実は赤羽さん、経歴も大変興味深いのです。
武蔵野美術大学卒業後、サントリー宣伝制作部、株式会社サン・アドにて多数の広告制作に携わった後、テキスタイルパターンの永続的なストーリー性に魅せられ、33歳でスウェーデン国立芸術工芸デザイン大学大学院に留学。その後、前述の通り、広告制作時代以上に活躍の場を広げています。安定している職から離れて、そこから飛躍するという活躍ぶりには、どのような道のりや心がけがあったのか?赤羽美和さんインタビューです。

テキスタイルだったら、自分が関われるデザインの領域を拡げることができると思った。

箱庭:広告制作に携わっていたということですが、テキスタイルに魅了されたきっかけはどんなことだったのでしょうか?

赤羽美和さん(以下、赤羽さん):会社員時代は広告のアートディレクター、グラフィックデザイナーをしていました。広告制作は多くの人に企業や商品の思いを伝えることが仕事ですが、欠片でも自分の思いをのせられるというところがとても興味深いです。ですが、広告は掲出期間が限られるなど、その動きが早く、生活の中に残っていくプロダクトのデザインもいいなと思うようになりました。同僚にプロダクトデザイナーがいたことも良い刺激だったかもしれません。だんだんと、もう少し自分が関われるデザインの領域を拡げたいという思いが強くなっていきました。

そんな頃、旅行でフィンランドのヘルシンキに行ったんです。たまたま訪れたデザインミュージアムでヴォッコ・ヌルメスニエミのテキスタイル展を見ました。これが自分にとってちょっと衝撃的で。長い布が絵画のように展示されていたり、かと思えば同じ柄がドレスになったりしていて、なんだこれは!?と。通っていた美大にもテキスタイル科はありましたが、当時はさほど気に留めていなくて…今思えば、なんて鈍感だったのかと。絵画のようでもあるけど、いろいろなものを包めたり、服も作れるし、パターン模様自体はプロダクトへの展開もできる!自分がやりたいと思っているグラフィックデザインからフィールドを拡げることって、テキスタイルからだったら出来るのかもしれない、と興味を持ちました。

箱庭:テキスタイルに興味を持った後、すぐに行動に移されたんですか?

赤羽さん:まずはパターン模様というものをつくってみようと。会社の仕事もありましたが、なんとか時間をつくって個人製作を始めました。今思えば、闇雲でしたね。テキスタイルに興味があるんですと人に話したとき、「織りなの?プリントなの?絞りなの?」と聞かれたことがありました。そこで初めてハッとしたりして(笑)。そっかそっか、テキスタイルといっても、いろいろ技法があるのですよねと。尋ねた相手の方は呆気にとられたような顔をされていましたよ。そりゃそうですよね。そこから調べたり考えたり。

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(会社員時代に開催した個展時の様子※撮影:上原 勇)

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(会社員時代に開催した個展時の様子※撮影:上原 勇)

箱庭:最初はそれでいいんですよね!興味をもったら一歩踏み出すことが大事なんだなって思います。でも、そこから勉強をして?

赤羽さん:興味があるとか、やってみたいとか、言っているだけでは何も始まらないと思い立ち、まずはやってみよう!と。京都にある川島織物が運営している学校に2週間くらいで織物の基礎が学べるコースを見つけたので、夏休みを利用して通いました。寮に入り、初対面の人たちと4人部屋で。楽しかったなぁ。

箱庭:仕事のお休み期間に学びに行くって、かなりの努力家ですよね。

赤羽さん:でも、半分は遊びに行くような気持ちでしたよ。京都というだけでウキウキしてしまいますよね。そこでは手織りの過程や織物知識の基本、整経や経巻きなどの作業、簡単な組織図を学びました。織物って言うと、パッタンパッタンって織っていくイメージですが、それって最後の1割といってもいい。準備の段階ですべて決まるのだと知りました。織物も素敵だなぁ好きだなぁと思いましたが、自分の不器用さには向いていないかもしれないとも自覚しました。糸はすぐこんがらがっちゃうし。やっぱり自分はマリメッコみたいなプリントテキスタイルが好みだなと。でも、ここで学んだノッティングという技法は、のちに仕事でラグマットをデザインした時にとても役立ちましたよ。

箱庭:なんでもやってみないと向き不向きも分からないってことですね。

ただの運がいい人みたいに見えるけど、掴んでこその運。諦めてしまったら運も逃げてしまうから。

箱庭:そこから留学はどのようにして決められたんですか?

赤羽さん:ある時、留学が向いてるんじゃない?と人に言われたことがありました。留学するお金なんかないよ~って返したら、なんと北欧は学費が無料だという。(※現在はEU諸国以外からの留学生は学費がかかる学校もあります)生活費だけなんとかできればいいとなると…ありえなくもないな、と。単純ですね(笑)。またそこから色々調べてだして。受験するには英語のスコアを提出する必要があることもわかり、本当に行けるかどうかは分からないけど、とにかく英語の勉強は始めました。

当時は、会社や仕事とはまた違う世界…、英語を勉強すること、留学やテキスタイルや北欧というワードを介して、新たな人や場所と出会うことがただ楽しかったのです。留学試験は2回トライしました。受かった後のことはあまり深く考えていなかったかもしれません。というより、考えすぎるのをやめていました。受かってもいないのにその後のことでくよくよ悩んでも仕方がないからと。受かったら自分はきっと行くのだろう、そうしたら会社は辞めることになるのだろう、といった具合です。ですが、いざ受かった時は、ちょうどチーム替えもあり社内での自分を取り巻く環境も少し変わりそうでしたので正直悩みました。休職の相談もしてみましたが、大学院の2年間はさすがに長く…。結局辞めることにしました。今後の人生を考れば、行かないより行った方がいい、という気持ちだけでしたね。

箱庭:留学は何歳くらいの時だったんですか?

赤羽さん:33歳の時ですね。

箱庭:不安はありました?

赤羽さん:なんと、行ってしまってから大きな不安が襲ってきました。まず語学力と生活力。旅行とそこで暮らすことは全く違いました。物事には対面してみないとわからないことも多々ありますが、もう少し見通しを立てて!と、当時の自分にアドバイスしたいところです。
卒業後の仕事面など、将来への不安については、なんとかなる、というか、なんとかする、だろうと思っていました。幸いなことに、これまで出会ってきた方々との縁にも恵まれていましたし、地道に営業活動していけば、なんとかごはんは食べていけるかな…という風に考えていました。非常に楽観的ですね。これもあまり人にはおすすめできないです(笑)。
留学前に、仕事でご一緒したことがあったイラストレーターのマネジメント会社に留学することをお伝えしたところ、アーティスト登録していただける運びとなり、海外にいながらでも仕事をできるような環境を自分で整えてはいました。実際、やり取りがメールベースで大丈夫な案件をいくつかさせていただきました。また、HPを見た企業から直接依頼をいただくこともありました。ただ、留学している最中は仕事でお金を稼ぐことよりも学校のことを優先させたかったので、これまでに溜めたお金で生活していたという感じです。一時帰国中に元同僚と会った際には、”学生に戻ってしまった”んだなーと思うこともありました。無事卒業できたとして、自分は何を仕事にしていくのかと、やはり考え込んでしまうこともありました。

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(左:留学時のグループ展展示作品「walking waking dream」、留学時のプリント中の様子 ※撮影:赤羽美和)

箱庭:なるほど。具体的にこうしていこうとか、ありましたか?

赤羽さん:卒業後はスウェーデンに残る道もありえましたが、一旦は日本に戻ろうと決めました。そうしたら、日本でテキスタイルがとても流行っていて、ビックリしてしまいました(笑)。日本のテキスタイル界隈がざわざわしているというのは、ネットを通じて感じていましたが、ここまでとは思いませんでした。

箱庭:ここ数年で火がついたように!ですよね。

赤羽さん:そうなんです。自分がテキスタイルに興味を持ち始めた頃は、テキスタイルと言っても聞き返されてしまったり、そもそも単語自体通じないこともあって…。一体自分はどこに進もうとしているのだろうと不安に思うこともありました。どんな茨の道なのかと(笑)。なので、テキスタイルや北欧、パターン模様というものが流行りのようになっていて驚きました。

帰国後は、漠然と、グラフィックデザインというベースの仕事をしながら、テキスタイルと相乗効果で拡げていけたらいいなとは考えていましたが、明確なものはまだ見つけられずにいました。せっかく世の中でテキスタイルやパターンデザインにフォーカスが当たっているというのにも関わらず(笑)。というのも、留学してテキスタイルを学ぶうちに、特にパターンデザインに対しての興味の幅が自分の中でさらに広がっていたのです。リピートデザインやプリントの技法というよりも、制作プロセスから含めたパターン模様を介した人とのつながり……作り手から受け手への想いの繋がり、そこから生み出される新しいこと、そんなことを追求したいと考えるようになりました。アウトプットも紙や布にこだわらず、建築、空間の中にあるようなこともやってみたいとも思うようになりました。ワークショップのデザインやファシリテーションに興味を持ったのも留学中です。
そんな中、帰国して半年くらいの頃に、セント・ヨーラン病院のホスピタルアートプロジェクトのコンペ情報に出会いました。この「JAM」という作品によって、場にアイディンティティーを与えるデザインを、人と人をつなぐパターンデザインでトライできたことは私にとってとても大きな収穫となりました。
こんな風に振り返ると、ただ運が良い人と思われてしまうかもしれないですね(笑)。でも、運だけ良くてもね……掴んでこその運です。「幸運の女神の前髪をつかめ」ってことわざもありますね。自分で自分を諦めてしまったら運だって逃げていってしまうかもしれませんしね。

箱庭:各課程でいい出会いもあったと思いますけど、それまでに学校に通われたり、個展を開かれたり、それも労力がいると思うので、種をまいた結果、繋がっているんだと思います。

赤羽さん:そう言っていただけるとほっとします。ありがとうございます。「お前は一体何がしたいんだ?」と、一喝されたこともたくさんあります。いまだにあります(笑)。それでも少しずつクリアになってきているとは思います。これまで「テキスタイルに興味があるんだよね?」と言われても、自分の中ではテキスタイルデザインだけとも言い切れない何かもあって…。でも、それを説明する言葉も実績もないから「はい」って答えてしまったこともありました。今回、「ホスピタルとデザイン展」を開催することができ、パターンデザインの可能性など私の思いというものも少しは伝えることができたのであれば嬉しいです。
私は動きながら考えるところがあるので、これからも自分が自分をどうしていくのか楽しみにしたいと思います。

箱庭:柄づくりでやっていることを、そのまま自分でやっているみたいな。人生ゲームみたいですね。

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「ホスピタルとデザイン展」の様子

アートとデザインの間のところで何か表現していきたい。

箱庭:柄をつくるということにおいて、ふだんから切り絵とか、コラージュをスケッチブックで行っていると伺ったんですが。

赤羽さん:留学してからかな。それまでは、ペンで描くことが多かったんですけど、ペンだとうまく描かなくてはと構えてしまうところが出てしまい、それが描くことを邪魔することがありました。切り絵とか、マスキングテープやスタンプなどを使って偶然からできあがる造形をきっかけに描くことが今は気に入っています。積み木あそびをスケッチに取り入れることもありますよ。

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(赤羽さんのスケッチブック ※撮影:金子 睦)

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(赤羽さんのスケッチブック ※撮影:金子 睦)

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(赤羽さんのスケッチブック ※撮影:赤羽美和)

箱庭:留学してからということは、学校に通ったことで赤羽さんの中で何かが変わったんですかね。

赤羽さん:10年ほど会社の中で働くうちに、どこか思考が凝り固まったところがあったように思います。ですが、留学までの準備期間から含めて、そして異国に暮らし学ぶという経験の中で、さまざまな人に出会い、視野が広がったのだと思います。ありふれた言い方ですが(笑)。制作に関しても、自分を解放するというか、違うことをやってみようかなという気持ちになりましたね。その結果がいまに繋がっているかなと思います。

箱庭:今後やっていきたいことなど教えてください。

赤羽さん:今後も、病院に限らず、人が集まる場に、こうしたワークショップを通してみんなで一緒にストーリーを共有しながら、パターン模様としてその場のオリジナルのものをつくること、この「JAM」プロジェクトは続けていきたいと思っています。アウトプットの形はその場の環境や条件に応じてフレキシブルに。壁紙やガラスフィルムなど、空間の中にあるのも素敵だし、もちろんテキスタイルになるのも素晴らしいですね。カーテンなどのインテリア、あるいはスカーフやエプロンといった身につけるプロダクトになっていくのも面白いかなと思います。パターン模様ってとても自由ですよね。さまざまな人と一緒に考えながら、アートとデザインの間のところで何か表現していけたらと思います。

赤羽さん、ありがとうございました!

    赤羽美和|サーフェイスパターン / グラフィックデザイン・イラストレーション

    武蔵野美術大学卒業後、サントリー宣伝制作部、株式会社サン・アドにて多数の広告制作に携わった後、テキスタイルパターンの永続的なストーリー性に魅せられ、スウェーデン国立芸術工芸デザイン大学に留学、テキスタイル学科修士課程修了。
    現在はサーフェイスパターンデザインを主なフィールドに、デザイナー・イラストレーターとして活動。
    また「対話」がもたらす物語や予期せぬこと、あらかじめ用意した枠に納まりきらない状況に興味を持ち、それらをテーマにしたプロジェクトやデザインを展開。
    切り絵やコラージュなどから生まれる遊びの延長のようなスケッチ手法は偶然性を誘い込み、グラフィックとテキスタイルの両軸からもたらされる多彩なアウトプットは、紙やファブリック、空間に至るまで多岐に渡る。
    URL:http://miwaakabane.com/