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銅版画作家・出口春菜さんインタビュー|繊細で美しい銅版画の世界
繊細なエッチングと絶妙なグラデーションで描く銅版画
今回お話を伺ったのは銅版画作家の出口春菜さん。世界中にある幸せの「きざし」や「しるし」を紹介する本『信じてみたい 幸せを招く世界のしるし』の挿絵を手がけた作家さんです。
普段は京都で制作をしている出口さんに、お話を伺うことができました!銅版画との出会いから今回の『幸せを招く世界のしるし』の挿絵の制作についてまで、いろいろと聞いてきました。
古い本で見つけた繊細な線に惹かれて
表紙の原画
箱庭:『幸せを招く世界のしるし』を拝見しました。とても繊細な絵ですね!出口さんがやっている銅版画とはどういうものなのでしょうか?
出口さん(以下、敬称略):エッチングという方法で作っています。銅板の表面に薄い膜を塗り、膜をはがすようにニードルで描画していくんです。それを腐食液に浸けると、ニードルで描いたところだけが腐食して溝になるんですね。その溝にインクを入れて、プレス機で刷り上げるという方法です。
ニードルで描くので、版画の中ではすごく細い線が出せる技法だと思います。
箱庭:すごく繊細で見とれちゃいますね。私は今回はじめて銅版画を見ました。
出口:確かに家で気軽にはできないし、手間と時間と道具がかかるので少し難しい技法かもしれないですね。でも版画の中では結構やっている人の多い技法なんですよ。女の人が多い気がします。
ただ銅版画でイラストレーションをやっている人はあんまりいないかもしれないですね。
箱庭:もともと大学ではファッションを勉強されていたんですよね?何がきっかけで銅版画をやるようになったんですか?
出口:きっかけははっきり思い出せないんです。洋服って素敵だなと思いファッションの勉強をしていたんですが、勉強しているうちに向いていないかもという気持ちになってきて…。
もともとイラストは好きでときどき描いていたんですよね。あと昔のファッションの本などを見ていると版画で挿絵をしているものも多くて、繊細ですごく綺麗だったので、ずっと気になっていたんです。やってみたいなと思ったら、偶然学校に銅版画の講座があって。それで受けてみて、そこから銅版画をはじめたという感じですね。それが確か3年生くらいのときです。
講師は大学の梅田美代子先生でした。その講座が終わったあとは、プレス機が使えないので、京都でプレス機が使える工房を探して通っていました。
銅版画はプレス機がないと話にならないんですよ。京都は芸大も多いこともあり、版画をしている人が自分の作業場を貸していたりするところがいくつかあったので、それを借りて制作していました。今は自宅をアトリエにして作っています。
絶妙なグラデーションの美しさ
「左から鳥が飛んでくる」の銅版(上)と原画(下)
箱庭:色のグラデーションがすごく綺麗ですよね。色はどうやって付けているんですか?
出口:色インクがたくさんあるんです。普通は多色の場合1版に1色入れて版を重ねるんですが、私は同じ版でまずベースになる色を入れて、例えば金色がベースで、そこに赤だったり緑だったり違う色を差しています。重なった色や隣の色同士が混ざってグラデーションになっています。
あと、銅そのものの色が出るからか、パキッとした色よりは少しくすんだ色になるのが銅版画の特徴かもしれないです。
目次ページの原画
箱庭:1版の中で色を重ねている感じなんですね!
出口:だから刷るたびに色の出方が変わります。一発でうまくいくこともありますし、何回も納得いくまで刷ることも多いです。
ちゃんとエディションを上げるときは、同じに刷れるように色ごとに版を分けることもあります。そのときはパキッと色が別れちゃうので、グラデーションは使えないんですよ。挿絵は、エディションを上げなくていいのでグラデーションをたくさん使いました。
箱庭:実際に刷ったものを見ると違いますね!線が本当に繊細だし、紙が凹んでいたり。
出口:そうですね。触ってみるとインクの線がポコッとなっているんですよ。これも版画の好きなところですね。絵というよりモノっぽいというか。
「左から鳥が飛んでくる」の銅版
箱庭:銅版自体もすごい!思ったより溝はないんですね。
出口:そうですね。溝というより傷という感じですかね。この溝にインクを入れたあと、布などで拭き取るんですが、そのときどれくらい残して拭き取るかというのが難しい部分でもあります。
自分の手の中におさまるくらいのあまり広くない世界が好き
箱庭:個展もやられていますよね。
出口:年に1回以上は個展を開催しています。10年くらい前にはじめて個展をやったとき、そこからは「1年に1回以上は個展をやる」ということを課題にしてきて、なんとか1回以上はできています。その結果、今回の本の挿絵のお仕事につながったりしたので、よかったです。
箱庭:個展のタイトルも「食卓でダンス」や「ハミングみたいに」などかわいいですね。
出口:作品のタイトルは作品ができてから付けることが多いですが、展覧会のタイトルは考えている時点では作品が揃っていないことが多いので「こうだったらいいな」というところでふわっと決めていき、だんだんその世界になっていくということが多いですね。
もともと自分の手の中におさまるくらいのあまり広くない世界が好きなので、そうしたいなと思っています。
「茶柱が立つ」の原画
箱庭:今回の本もそういう世界のしるしが多いですよね。
出口:だからいいなと思ったんです。編集の方が個展で見つけてご連絡してくださったんですけど、最初「本当かな?」とも思ったんです。でも、すごくうれしかったですね。編集の方のメールもすごく丁寧で、信頼できるなと思ったし、内容もすごく好きな感じだったので、やりたいなと思って。
箱庭:しるしに合わせてイラストはすぐ浮かんだんですか?
「左から鳥が飛んでくる」の原画
出口:すぐ浮かんできたものもあるけど、難しかったものもありますね。「犬が左膝の匂いを嗅ぐ」と「犬のふんを踏む」は難しかったですね。一番、最後にできたのは「扇子を拾う」でした。最後の方に「扇子を拾う」とか「鼻緒が後ろで切れる」とか和風のものが残って難しかったです。
個人的には「左から鳥が飛んでくる」が好きですね。最初に編集の方から連絡をいただいたとき、いくつか例文が書いてあったんです。このしるしが素敵だと思って、やってみたいなと思ったので。
箱庭:今回のように挿絵を描くことは多いんですか?
出口:一度だけ色鉛筆で挿絵を描いたことはありますが、銅版画でははじめてです。やってみたらすごく楽しかったですね。テーマがすごく合っていたというのもあるとは思うんですけど、そんなに苦しまなかったです。大変なことはもちろんありますが、作品作りとそんなに違わず楽しみながら作ることができました。
「たそがれどきの蛾」で使った色などやったことのない色も作ることができましたね。自分で作るときは好きなものばかり描いちゃうので、この本をやったことで使える色が増えたなと感じます。
箱庭:この本のためにどれくらい銅版画を作ったんですか?
出口:50個のしるしと表紙なので51点ですね。3ヶ月くらいで作りました。
箱庭:3ヶ月で50点ってすごいですね!
目次ページと表紙の原画
出口:自分ではあまりわからなかったんですが、銅版画をやっている人には、すごいねってよく言われます。逆に銅版画でずっとやってきているので、手描きの方が難しいんじゃないかなって思っちゃいますけど。
手描きの方が慣れていないというのもあるとは思うんですけど、自分が思うように描けないというか…。銅版画という雰囲気がフォローしてくれるというか、版が助けてくれる部分があります。それが版画のよさなのかもしれないですね。
箱庭:銅版画をやっていて一番楽しい瞬間は?
出口:刷り上がった瞬間がもちろん一番うれしいんですけど、作業的には面で色を付けるときに松ヤニの粉末をかけて電熱で焼き付けるんです。その松ヤニの白い粉が溶けて透明になる瞬間が楽しいですね(笑)。ニードルは線しか描けないので面で色をつけたいときは、松ヤニの粉を撒いて粒を残したまま焼き付けて腐食させます。その焼き付ける瞬間が楽しいです。すごくマニアックなことですみません(笑)。
箱庭:いろいろな技法を使っているんですね。
出口:ザラッとした色の付き方が銅版では難しいので、たまに紙にローラーで色を付けて刷っているものもあります。なのでオール銅版画ではないんです。いろいろと併用してみたりしています。
箱庭:銅版画をやる上で意識にしていること、大切にしていることはありますか?
出口:力を入れすぎると重くなりすぎる技法なので、肩の力が入らないようにというか、気持ちを入れすぎないようには意識しています。銅板だけでなくどんなときも力を入れすぎると堅くなってしまう性格なので、あまりグッと力が入らないように気をつけています。
あと、続けていくことが大切だと思います。絵だけで食べていくことは大変だけど、自分が苦しくないかたちで続けていけたらいいなとは考えていますね。
『幸せを招く世界のしるし』にはたっぷり51作品も出口さんの繊細で美しい銅版画の挿絵が掲載されています。(この繊細さ、グラデーションを出すために印刷がすごく大変だったのだそう!)ぜひ、チェックしてみてください。
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銅版作家 出口春菜
- 銅版画家。京都造形芸術大学 空間演出デザイン学科 ファッションデザインコース卒業。在学中に銅版画と出会い、銅版画でしか表現できない独特の雰囲気や作業工程に惹かれ、作品を作り始める。女性らしさ、詩情、かろやかさ、繊細で少し不思議な世界観を大切に制作している。
- Http://nanoha-na.info
- Instagram:@ nanohanaharuna
- Facebook:haruna.deguchi.58
- Twitter:@na_nanoha
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『信じてみたい 幸せを招く世界のしるし』
- 著者:米澤 敬
- イラスト:出口 春菜
- 出版元:創元社
- 目の前の「メッセージ」を見逃さないで! 気づくと嬉しい世界の幸せのしるし
- 身近におきる出来事のあれこれに隠されたメッセージを読みとろうとする試みは、洋の東西を問わず古くから行われてきた。この本では、本人の意志とは関係なく「たまたま」出会ったり、見てしまったり、あるいは「うっかり」やってしまったりする幸せの「きざし」や「しるし」を世界各地から50個集め、文と絵で紹介する。日常生活がほんの少し楽しくなる、贈り物としても最適の一冊。挿画には、銅版画家・出口春菜氏の作品を収録。