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映画監督 行定勲さんインタビュー|10年間あたためたかいがあった。映画「ナラタージュ」
こんにちは。あいぽんです。
私の好きな映画に『きょうのできごと a day on the planet』という作品があります。折に触れて観たくなる映画で、TSUTAYAでもしょっちゅう借りるものだから、ついには購入して、その後も繰り返し観ているくらい大好きな作品なのです。
『きょうのできごと』の監督を務めたのは、『GO』や『世界の中心で、愛をさけぶ』の行定勲監督。
さて、その行定監督の最新作『ナラタージュ』が10月7日より全国公開されます。2006年版「この恋愛小説がすごい!」1位に輝いた島本理生・恋愛小説『ナラタージュ』を原作に、松本潤さんと有村架純さんが演じる教師と元生徒の禁断の恋を描く本作。
実は、行定監督が小説発売からの約10年間、映画化の企画を温め続け、ついに完成&公開に至ったのだとか。
今回は、行定勲監督に映画『ナラタージュ』のことから、映画監督というお仕事についてまでお話を伺ってきました。
映画は時代によって生まれる
—『ナラタージュ』は、10年間あたためてきた作品だと伺いました。
行定勲監督(以下、敬称略):映画というのは置かれた時代によって生まれるものだと思うんです。
『世界の中心で、愛をさけぶ』は死別した女性への想いがある1人の男性の話でしたが、ラブストーリーで描かれるような純粋な忘れられない想いというのは、いろいろとあると思うんです。
今回の『ナラタージュ』においては男女の割り切れない感情というのが、僕の好きなラブストーリーの系譜の中にあると思い、そういう感情があるなら、映画にできると思いました。それが10年前ですね。
どういうことかというと、『ナラタージュ』の中でも引用している成瀬巳喜男監督の『浮雲』や『乱れる』などのように、不貞とわかっていながらも向き合っていたり、逆に向き合えなかったりすることに苦しんでいたりして。こんなに好き合っているのに社会的には認められない状況の中で、自分たち自身もそこから関係を結実させることが怖くなっているふたりというのが『ナラタージュ』には描かれていると思ったんです。
若者を題材にしている割には、大人の感性や背伸びした感性があるので、今の青春映画にはない物語なのではないかと思いました。
さっき、時代が作るといったことにもつながるのですが、「今の時代にはないよね」という映画を提示していかないと、新しい切り口にはならないんですよ。
でも例えば60〜70年代にあったような切り口だと、今新しく感じたとしても、あまりにも時代とかけ離れてしまうわけで。乖離してしまうとお客さんも見てくれないでしょう。今の時代にあってもおかしくないものなのに、ないというくらいの作品の方が、人は「ラブストーリーにもこういう一面もあるんだね」と思ってくれるのではないかと思っています。
−なるほど。確かに10年前の『世界の中心で、愛をさけぶ』も恋愛映画に大きな変化をもたらしましたよね。
行定:10年前に『世界の中心で、愛をさけぶ』という作品を自分で撮って、結果的にヒットしたわけですが、今度はそれをちょっと違うかたちに動かしたいという気持ちもありました。もちろんオリジナルで突飛なものをやることもできたけど、突飛すぎては若い子たちはついてきてはくれなくなってしまうので。
その中で『ナラタージュ』は、「これならいけるだろう」という着地点が見えていたにも関わらず、時代はどんどん違うほうに流れていってしまったんですよね。
今の恋愛映画のほとんどが少女漫画の映画化ですが、それが悪いということではないんです。紡木たくとか槇村さとるとかくらもちふさことかを僕自身も読んできたわけなので、嫌いなわけではないんです。
でも、作り手側が、少女漫画にある毒を抜いて、イケメン俳優を主人公にして、青少年に向けたわかりやすい構造のものを作っていく。それが流行ったことで、長い間、日本映画界で実権を持ったんです。
そういった作品が次から次へとヒットしているので、僕の『ナラタージュ』の企画は全然通らないんですよね。僕が企画を持っていくと「わかります。けど、今はこれじゃないんですよね」と、少女漫画を提案されるんですよ。
もちろん、一応は考えるけど、結局お断りして。そんなことをやっていたらあっという間に10年経ってしまったという感じなんですよね。
—その10年も作品は撮られていましたよね。
行定:そうですね。その間はラブストーリーではないフィールドでやっていました。それもやっぱり主流ではないんですよね。なんであの少女漫画はOKで、純文学じゃダメなんだということをずっと思い続けていましたね。やっぱり自分としては本来こっちがラブストーリーの真髄だと思っています。
10年間待ったかいがあったと思えるキャスティング
—10年間あたためてきて、間もなく公開ですが今はどんな気持ちですか?
行定:まだ公開していないので、どっちとも言えないですよね。
でも、結局僕個人としてはこれを作りたかったんですよ。10年待ったかいがあったと言える部分があるとしたら、このキャストが集まったことですね。10年前にやろうとしていたキャスティングとは全く違いますから。これが正解だったかもしれないという人たちがこの映画のシナリオを読んだ上で、「やろう」と思ってくれたというところがすごく大きなことですね。ある種自信にもつながるし、観てもらうきっかけも広がったなと思いました。
—嵐の松本潤さん、有村架純さん、坂口健太郎さんと、今大活躍中の出演者たちですが、みなさん今まで見たことない表情や演技で、びっくりしました。
行定:3人とも演じる前は非常にナーバスだったんじゃないかと思います。3人の経歴や人柄を見ていると、自分たちに持ち合わせていない役柄を演じていますから。すべてが理解できるわけではないけれど、そこを僕たちが引き出しながら撮影していきましたね。
特に有村さんは非常に追い込まれながら、いろいろと考えてくれたと思います。最初のうちにたくさん話をしたんですけど、自分の経験にはないし、かけ離れている存在だとおっしゃっていました。人間に対する狭さ、愚かさ、女性の業といった自分の中にないものを引き出せるかどうかなので、表現するのは大変だったんだろうなとは思います。
—キャスティングの時点で有村さんからは、そこを引き出せると思っていたんですか?
行定:そうですね。かわいい表情をしているけど、非常に芯の強い女性だろうというのは感じていたんです。根性があるんだろうなと思ったし、諦めつかないものは諦めつかなかったり、そういう感情に向き合っている感じがありました。きっとこの子には、忘れられない何かがあるだろうというものを、彼女を知ったときに感じたんですよね。
実際にお仕事をしてみたら、たしかにそういう子だなと思いました。実際撮影中も、悔しいこともたくさんあっただろうし、納得いかないこともあったとは思います。
こっちは「OK!」と言っても、自分ではもっとできると思ったんだろうなということもありましたね。でも、役者はそういう職業だから監督がOKと言っているわけだし。それでしかなかったということに後悔も感じる部分もあったと思います。
でも本当にいい顔をしていました。僕は男なので、女優がやりたいことをなるべく尊重するようにしているのですが、脚本に忠実でありながらも、僕が想像しない結果というか、想像以上のことをやってくれましたね。
自分の趣味や感性を信じられるかどうか
—行定監督が、もともと映画監督になろうと思ったきっかけはなんだったのでしょう?
行定:子どものときに熊本城で黒澤明監督の『影武者』の撮影現場に出くわして、それを見て映画を作る作業っておもしろそうだなって思ったんですよね。
だから、いきなり職業として映画を作っているスタッフを見たんです。その現場の中で黒澤明監督がどこにいたかというところまでは見えなかったんですけど、映画に携わるスタッフをリアルに見ることができたことが、映画の仕事をしてみたいと思ったきっかけですね。
—そんな貴重な現場に遭遇したんですね。『ナラタージュ』が実現するまでの過程をお聞きして、すごく大変そうだな…と思ったのですが、映画を作る上での苦労とはなんでしょうか?
行定:あんまり楽しいことはないんですけどね。きついことのほうが多いです。でも、年を重ねてだいぶ楽しくはなってきたかな。結局、僕たちはどういう結果になるかわからないものを作っているから、僕たちが「すごくおもしろい!」と思ったものを作れても、どこかに「これ本当におもしろいのかな?」という思いがあるんです。もちろん他の仕事でもそうなのかもしれないですけど。
そこで自分の感性や趣味をいかに信じられるかというところですよね。そういう感性や趣味の部分が監督によっていろいろと出ているのが、映画の魅力だと思うんですけど。それが認められる瞬間はよかったと思うんだけど、なかなか思ったような結果はでないんですよ。でもそれは仕方ないかなとも思います。
—なるほど。逆に大変なことが多いなかで、うれしいことはありますか?
行定:最近は、子どもの頃に見た僕の映画に憧れてこの世界に入ったという若いプロデューサーや俳優が、「今やっとここまで来たんです。監督と仕事したいです」と言って企画を持ってきてくれるようになってきて、それはすごくうれしいですね。楽しいというか報われた気持ちになります。
あと、そういう若いプロデューサーとか俳優や友だちと「これを映画化したいね!」と映画の構想を話しているときが一番楽しい時間ですね。要するに無責任でいられるときが一番楽しい。それでうまい食事でもあれば、最高ですね。あとはあまり楽しいことはないですね(笑)。
—今も構想はあるんですか?
行定:いっぱいありますよ。貧乏ヒマなしですからね。あれやりたいこれやりたいというよりは、これやったらどうだろうという企画はたくさんあります。3年先くらいまでは見越していろいろと考えています。やるつもりというのは手元にあるんですけど、だんだんズレていくんですよ。『ナラタージュ』も10年かかっていますからね。そう考えるとゾッとしますよね(笑)。今も具体的な企画が5本くらいありますけど、10年後って、俺もう60歳だからね。
でも実は僕、自分でやりたいと思った企画はだいたい実現しているんです。7〜8年と時間はかかるけど、実現していますね。『パレード』とか『真夜中の五分前』は、とにかく外国に行ってでも撮ってやると思い、撮った作品ですしね。
時間が経てば経つほど明確になるもの
—これで撮りたい!と思ってから、7〜8年の間が空くと原作の見え方が変わったりしそうですが、どうなのでしょうか?
行定:変わるときもありますね。『真夜中の五分前』のように、舞台になる国が変わることもありますからね。「日本じゃダメだ、外国にしてしまえ!」って。
時間が経てば経つほど、骨格になるものが明確になりますよね。明らかに自分が変えない骨格がはっきりするので、自分はここに自信を持っているんだということや映画でここを見たいんだというのがわかってきます。核となる部分がどんどん精査されていきます。
そういう意味ではパッと読んで、1人の脚本家が1ヶ月しか考えていない脚本で、キャスティングは原作の段階で決まっていて、「はい!撮影!」みたいな短期間で作る映画が本当におもしろくなるのかなとも思います。それを観るために1800円払うのかって話ですよね。
『ナラタージュ』10年考えてきたんですよ。世に出るまでに10年かかっているんだから。もちろん観客は完成品だけを観るわけだから、どれくらいかかったとかは関係ない部分ですけどね。
映画を作る人は、みんな映画の歴史に残りたいと思って作っているんだと思うんです。作った瞬間は「俺天才だな!」と思っていると思うんです。でも、そう言いながらも、実はちょっと自信なかったりしてね。それでも「歴史に残るはずだ!」と自分を鼓舞しながら映画を作るんです。でもなかなか歴史には残らないっていう。映画を作るということはその繰り返しです。
—最後に映画を作る上で大切にしていることを教えてください。
行定:うーん。映画は1人で作っていないので、人の意見ですかね。いろんなスタッフの意見はもちろん聞きますが、シナリオや演出についての意見というよりは、人が信じられるか。相手を信じられるかというところにまで行くんだと思います。その人の意見がどうであれ、この人を信じられるかというのがあって、だからといってその人の意見を100%聞くというわけではなくて。そういう人と出会うことが重要だと思います。
人として好きとか嫌いとかではなくて、その人を嫌いでも信じられるかどうか。クセが嫌いだったり、人としては嫌いだけど、信じられる人。僕は嫌いな人でも信じられれば、仕事はできると思っています。
だから信じられるかどうかが重要。映画はセンスとセンスのぶつかり合いだから、自分には持っていないものを持っていたり、自分の感性とは違ってもこの人の言うことは信じられたり、苛立つこともあるけどこの人が言っているからということがある。苛立つということは自分の嫌な部分を突かれたりしているということもあるわけだから、そこで一旦立ち返って、自分なりに勉強してみるということは往々にしてあります。そういうのの繰り返しですね。
一番イヤなのはみんなで手をつないで、みんなでゴールしましょうみたいなのですね。
—馴れ合いは嫌だということですか?
行定:子どもの頃に持久走大会があって、僕は足が早かったので、走っている最中に足をひっかけられて転ばされたりしたんですよ。足が早い人はみんなそうやってやられていたから、俺のライバルも同じように転ばされていました。転ばされて足とか血まみれなのに、俺たち2人でいつも1位と2位を争うんです。僕はいつもそのライバルに負けて2位で、それが何年も続いていて。
あるときいつものように足をかけられると思ったら、なかったことがあったんです。それはいつも俺が2位だからっていうことで、友だちたちが1位にさせてあげようとしてやらかしたんです。
断トツ1位だったんだけど、やっぱりそのライバルは血まみれの足で追いかけて来て、追い抜くんです。変なマンガみたいだけど、「来たな!」と思ったら、なんだか泣けるくらいうれしくて。それが僕の中の競うということなんです。転ばしたやつらが僕の友だちで、僕のことを想ってしたことなのかもしれない。でも、そのライバルにはいつまでも勝てなかったとしても、僕がリスペクトしているのはそのライバルなんですよね。
僕はそういうのを大切にしています。今もそういうやつと映画を撮っています。
行定監督、どうもありがとうございました!
行定監督が10年間あたためてきた映画『ナラタージュ』、ぜひ見てみて下さいね!
映画『ナラタージュ』
story:大学2年生の春。泉のもとに高校の演劇部の顧問教師・葉山から、後輩の為に卒業公演に参加してくれないかと、誘いの電話がくる。
葉山は、高校時代、学校に馴染めずにいた泉を救ってくれた教師だった。
卒業式の日の誰にも言えない葉山との思い出を胸にしまっていた泉だったが、再会により気持ちが募っていく。
二人の想いが重なりかけたとき、泉は葉山から離婚の成立していない妻の存在を告げられる。
葉山の告白を聞き、彼を忘れようとする泉だったが、ある事件が起こる――。
出演:松本 潤 有村架純
坂口健太郎 大西礼芳 古舘佑太郎 神岡実希 駒木根隆介 金子大地/市川実日子 瀬戸康史
監督:行定勲
原作:島本理生(「ナラタージュ」角川文庫刊)
脚本:堀泉杏 音楽:めいなCo.
主題歌:「ナラタージュ」 adieu(ソニー・ミュージックレコーズ) / 作詞・作曲:野田洋次郎
配給:東宝=アスミック・エース
(C)2017「ナラタージュ」製作委員会