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映画監督 吉田大八さんインタビュー|「他者とどう生きるか」を描いた映画『羊の木』
© 2018『羊の木』製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社
こんにちは。あいぽんです。
いきなりですが、私には、お酒を飲みながら友人たちと映画について語り合った夜がたくさんあります。その中で、いちばん盛り上がった映画は『桐島、部活やめるってよ』(2012年)だったと思います。
高校生のときの思い出や運動部あるあるから、スクールカーストという言葉についてまで(もちろん、東出くんのかっこよさや松岡茉優ちゃん演じるイラッとする女子高生について、そして、ゾンビ映画についても話したかな)。「わかる、わかるー!」からはじまったトークは尽きることがなかった…。
今回は、その『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督にお話を聞いてきました。
『桐島』だけでなく、吉田監督の『クヒオ大佐』(2009年)に描かれる詐欺師に騙される女性たちの気持ち、横領する女性を描いた『紙の月』(2014年)の「自分も一歩間違えればこっちに行きかねない…」というような「わかるかも…」感。それは単純な共感というよりは、「こんな自分もあるかもしれない」という不思議な感情でした。
© 2018『羊の木』製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社
吉田監督の作品を観るたびに出会える、この新鮮な感情は、2月に公開される『羊の木』にもありました。今回は、吉田監督に、映画作りについて、そして新作『羊の木』についてお話を伺ってきました。
人間に対してわかったフリをしない
−映画『羊の木』を拝見させていただきました。おだやかそうな日常の中にジワジワと不気味さがにじみでてきて、途中から徐々に崩れていくゾワゾワ感がすごくおもしろかったです。
私は元受刑者と交流があるわけではないのですが、元受刑者たちに翻弄される月末(錦戸亮さん)の気持ちがわかるような気がしました。吉田監督の作品を観ると、「この感じ、わかる」という気持ちになることが多いんですが、映画を撮る上で共感やリアリティは意識されているのでしょうか?
吉田監督:横領する女性(『紙の月』)や高校生の気持ち(『桐島、部活やめるってよ』)を僕が理解しているわけではないんです。だからこそ、わかったフリをしないということですかね。わかったフリをしないということは、必要以上に踏み込まないということだと思うんです。そういうスタンスで撮ることによって、観ながら「自分ごと」にできる余地が残る。それが結果的に響いたりするんでしょうね。
© 2018『羊の木』製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社
−今回の『羊の木』の登場人物で言えば、ごく普通の市役所職員である月末が一番共感しやすい人だと思うんですけど、他の元受刑者たちも人としては理解できるというか、「こういう人いるよね」と思えるんですよね。人間を撮るときは、設定やディテールを作り込んで撮られているんですか?
吉田監督:作り込むというのとはちょっとニュアンスが違うかもしれませんが、人間って人間のことを一番考えているじゃないですか。例えば、人物を造形するときに外側からディテールを積み重ねるだけじゃなくて、「こういうとき、人間はこう思うよね」ということは意識します。その通り行くか、あえて逆をいくかは場合に応じてですけど。人間として基本的な部分にウソをつかないということを地道にやるしかない、と思います。
映画だから、大前提がフィクションなんですよ。みんなフィクションだと思っているなかで、何か一つでも本当っぽく響くポイントがあると、観ている人との距離がグッと縮まるということはよくありますね。
© 2018『羊の木』製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社
—今のお話で宮腰(松田龍平)と月末の関係がしっくりきました。元殺人犯である宮腰の考えていることを、私は到底理解できないんですが、宮腰の月末に対する友情はわかる気がすると思ったんです。
吉田監督:そうですね。僕も宮腰のことはわからないけれど、月末と友達になって、この街で暮らしていきたいという宮腰の切実な思いはわかるじゃないですか。
人を殺したことがあるからとか、こういうことをする人間だからとか、過去のある一点から導かれる行動を僕はあまり置きたくない。置きたくないから、宮腰の行動が唐突に見えてしまうこともあるんだけど、僕はむしろ唐突なほうが人間らしいと思います。
もしかすると、段階を踏んだ性格描写や伏線回収など、いわゆるドラマの定石を大切にする人にとっては、僕の映画はわかりにくいのかもしれません。
自分になにが向いているかはあまり関係ない
—吉田さんはもともとCMディレクターだったということですが、私たち一般人からすると映画作りとCM作りというと全然違うのかなと思ってしまうのですが、共通する部分はあるのでしょうか?
吉田監督:一番違うのは、CMにはクライアントがいることですよね。CMの場合、クライアントや商品のメッセージにつなげるところまでで、自分ができることをすればいいわけです。最後、商品にうまいことパスを回せれば仕事は終わりなんですよ。でも、映画の場合は監督が最後の最後まで責任を持たなければいけない。そういう違いはありますよね。
−CMディレクターとしてお仕事されていたときは、自分がいつか映画を撮るというのはイメージされていたんでしょうか?
吉田監督:あまり考えてなかったんですよ。割とドラマっぽいCMが多かったから、周りからは「いつ撮るの?」って言われてはいたんですけど、自分ではあまり考えていませんでした。
たまたま、10年以上前に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の小説を読んだときに、「これ、絶対映画にできるな」「自分がこの映画の監督に一番向いているな」って思ったんです。それでやらないのはもったいないと思ったのがきっかけですね。
−今回の『羊の木』やその前の『美しい星』、『紙の月』も原作がある作品ですが、それも「これは自分が撮らなきゃ」って思ったのでしょうか?
吉田監督:原作読んで「これがやりたい」って思ったのは最初の『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007年)だけですね。あ、あと去年公開した『美しい星』(2017年)も学生のときに原作を読んで「やりたいな」と思いました。それ以外は、人から「読んで」って言われて読んで、正直、いつも「これは難しいだろう…」って尻込みすることが多いです。
でも「難しい」って言えるということは、すぐに「やる」って返事する人よりはある意味原作についてよく考えてるのかな…だとしたら自分が一番向いてるのかな…などと考えてるうちにわからなくなってしまい(笑)、いつの間にか関わっているということが多いですね。
© 2018『羊の木』製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社
—今回の『羊の木』も原作はコミック全5巻という長編で、最初は「無理」と思ったそうですね。
吉田監督:絶対無理!と思いました。プロデューサーにも何回も「やめたほうがいい」って言うくらい難しいと思ったんです。と言いながらも、始まってしまって…。そのうち、自分の中からもこうしたい、ああしたいというのが出てきて。
僕が『羊の木』をやっていると言うと、マンガを知っている人は「それはおもしろそうだね」と期待してくれている感じがわかったから、それは向いているということなのかなって。自分に何が合うかなんて、必ずしも自分がわかってるわけじゃない。人がそう思ったことに乗ってみるというのも悪くないかなと。
CMもそうですよね。100%受注だから。人から呼ばれたり、声をかけてもらってやる時にこそ出る力、というものを信じてみたいです。
決着のさせ方は早い段階で決まっていた
−今回、原作を読んで大変だな…と思ったということで、脚本をご友人でもある香川まさひとさんにお願いしたということですね。本作の裏テーマも「友達」ということですが、「友達」と言っても、一緒に仕事ができる「友達」というのはそうそうないかと思うのですが…
吉田監督:そうですね。友達と一緒に仕事はなかなかしないですよね。厳密に言うと仕事をしている間は友達ではないですよ。お互い真剣に仕事した結果、友達が友達じゃなくなるということもありますからね。
仕事を通じて友達になる場合もあると思うんですけど、その場合はお互いの才能だったり、仕事ぶりに惹かれたりして友達になりますよね。でも、別の仕事でうまくいかないと、友達関係も終わることもありますし。それでも、「もう友達と仕事しない」と決めちゃうのももったいないので、まあ仕方ないですよね。
香川さんとはもう長い付き合いです。なので、この仕事がうまくいかなかったら…なんてことは考えませんでした。それでも、作業している間はお互い感情的になったり、顔見たくなくなる瞬間もあったと思います(笑)。でも、今も友達ですよ。
—大変な原作ということで、かなりやりとりされたんですか?
吉田監督:それはもう!月に2回くらい集まって、10時間くらいこもって話し合って…疲れ切って、しばらく顔も見たくないみたいな感じで別かれて、また2、3週間したら再会してというのを繰り返しましたね。
もとはと言えば、僕がこの仕事をうけるかどうか迷っていたときに、香川さんとごはんを食べたんです。香川さんは原作のいがらしみきおさんと山上たつひこさんの大ファンなんですね。僕以上に。もし、香川さんが「できる」と言うのなら、一緒にやろうと思っていたんです。香川さんが「やらない」と言ったら自分もやらなかったかもしれない。そこは、お互いの信頼関係でスタートしたから、多少のことは耐えて乗り切れたんじゃないかなと。
−結末がオリジナルということですが、そこもお2人で案を出し合って?
吉田監督:そうですね。宮腰と月末の決着のさせ方は、割と早い段階に決まっていました。そこまでの設定やストーリーや登場人物は試行錯誤しながら変わっていったんですけど、そこは最後まで変わらなかったですね。
撮りたくなるから撮る
−吉田監督が思う、映画作りで一番大変なところってどこでしょうか?
吉田監督:映画で言えば、脚本かな。脚本が完成した状態から参加した経験が今のところなくて、いつも脚本作りからやっているので。脚本とキャスティングができちゃえば、あとはそんなに大変ということはないかな。撮影は息止めて我慢しているうちに終わっている感じですよ(笑)。編集、音楽録音、ダビングなどは、やるほどに良くなっていく一方なので。
たぶん、僕は平均よりは脚本に時間をかけさせてもらっているほうだと思うんです。
−脚本でどれくらい時間がかかったんですか?
© 2018『羊の木』製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社
吉田監督:2年以上やってました。途中、「これはもう実現しないんじゃないか」って思った。そこを諦めなかったプロデューサーがすごいですよね。正直どこかで「もう諦めてくれないかな」って弱気な時期もあったんだけど、彼女が諦めないから、考え続けることができたという感じですね。
−逆に映画を撮っていてよかった瞬間というのはどういうときでしょうか?
吉田監督:うーん。音楽をつけているときは楽しいですね。もともと音楽が好きなんですよ。編集が終わって、音楽を付ける段階というのは、ミスをしなければ、絶対によくなるから。しかも、飛躍的によくなるんです。そこはもう自信があるので。得意科目なので、気分的にもリラックスしてできますしね。
でも、正直に言うと、「撮っていてよかった!」っていう瞬間はあんまりないですね。撮りたくなるから撮るというか。食べ物とかも、「食べたい!」と思った瞬間がピークで、食べ始めると飽きたりするじゃないですか。それで、またお腹が空いたら食べる。映画もそれと同じで、「撮りたい!」という気持ちがあって、それでガーッと行って。でも、撮り始めたらひたすら目の前のハードルをクリアしていくだけだから…。
−お腹がすくような感じで、また撮りたくなると。今は、次撮りたいなっていう気持ちはあるんですか?
© 2018『羊の木』製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社
吉田監督:まだお腹いっぱいです(笑)。こうやって『羊の木』について話している瞬間も、僕にとっては『羊の木』という映画製作の一部ですからね。公開されて、すごく評価されたとか、無視されたとか、お客さんの反応も込みで作品の記憶ですから。自分の作った手応えだけじゃないんですよ。作った手応えだけだとしたら、全体の半分くらいの記憶になっちゃいますね。こうやって話をして、観てもらって、結果や反応が出て、そのすべてが自分の映画作りの経験だなと思いますね。なので『羊の木』はまだ道半ばです。
−間もなく公開ですが、今はどんな気持ちなのでしょうか?
吉田監督:ワクワクはないですね(笑)。もちろんお客さんには入ってほしいけど、そうならない場合もつい想像してしまいます。
−そうなんですか!?
吉田監督:どこかで受け身の準備をしないとダメージが大きいから(笑)。だから、あまり考えないようにしていますね。「明日は舞台挨拶か」くらいにしか思わないようにしています。
「わかってもらえても、もらえなくても、やるだけのことはやった」と、そこで自分の責任感を軽くしておかないと、ちょっとつらいな…と、防衛本能があるんでしょうね。
—最後にこれから映画を観る方にメッセージをお願いいたします。
吉田監督:大上段に「社会派」を謳う映画ではないですが、「これから人は他人とどうやって生きていくのだろう」ということを考えながら作った映画です。それは例えば移民問題とか、最近のことで言えば男女の関係だって、かつての常識は全く通用しなくなってきたじゃないですか。民族や宗教、性別や世代が違う人たち、皆そういう他者と向き合っていかなければならないわけです。メタファーとしての絶対的他者である元殺人犯たちとどう生きるかという問いかけが、同時にサスペンスにもなり得る、という試みがこの映画『羊の木』です。まず、楽しんでください。その後きっと「自分ならどうするか」と考えてしまうでしょう。僕もまだ考え続けています。
映画『羊の木』には、月末と宮腰だけでなく、いろんな他者との関係性が描かれています。そして、そこから私は今回も自分の新しい感情に気づくことができました。『羊の木』は2月3日より、全国ロードショー!ぜひ、映画館に観に行ってみてください〜
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映画『羊の木』
2月3日(土) 全国ロードショー- © 2018『羊の木』製作委員会 ©山上たつひこ、いがらしみきお/講談社
- 吉田大八監督(『紙の月』『桐島、部活やめるってよ』)が、錦戸亮と豪華俳優陣を迎えて贈る、心揺さぶる衝撃と希望のヒューマン・サスペンス!
- さびれた港町・魚深(うおぶか)に移住してきた互いに見知らぬ6人の男女。
市役所職員の月末(つきすえ)は、彼らの受け入れを命じられた。
一見普通にみえる彼らは、何かがおかしい。
やがて月末は驚愕の事実を知る。「彼らは全員、元殺人犯」。
それは、受刑者を仮釈放させ過疎化が進む町で受け入れる、国家の極秘プロジェクトだった。
ある日、港で発生した死亡事故をきっかけに、月末の同級生・文をも巻き込み、小さな町の日常の歯車は、少しずつ狂い始める…。 - 出演:錦戸亮
- 木村文乃 北村一輝 優香 市川実日子 水澤紳吾 田中泯/松田龍平
- 監督:吉田大八 脚本:香川まさひと
- 原作:「羊の木」山上たつひこ いがらしみきお(講談社イブニングKC刊)
- 製作:『羊の木』製作委員会 配給・制作:アスミック・エース 制作協力:ギークサイト
- 2018年日本/2時間6分/ビスタサイズ/5.1ch
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吉田大八
- 映画監督、CMディレクター。1963年生まれ。1987年に映像制作会社TYOに入社。数々のTV-CMを演出するとともに、2007年公開映画『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で映画監督デビュー。2012年公開の『桐島、部活やめるってよ』で、日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞。その他の作品に『紙の月』(2014)、『美しい星』(2017)など。