映画『モリのいる場所』沖田修一監督インタビュー
こんにちは。あいぽんです。

『南極料理人』(2009)、『キツツキと雨』(2012)、『横道世之介』(2013)。この3本の映画は私が何度も何度も繰り返し観るほど大好きな映画です。毎回、クスクスと笑えて、そして心が少しあったかくなって…。

この3本の映画の監督を務められたのは、沖田修一監督。私がいつかお会いして、お話を伺ってみたい!と思っていた映画監督のひとりです。今回、念願叶い、沖田監督にお話を伺うことができました。

映画『モリのいる場所』沖田修一監督インタビュー

5月に公開される沖田監督の最新映画『モリのいる場所』は、30年間、家から一歩も出ず、庭の虫や植物を見つめ、絵を描いてきた熊谷守一さんを描いた映画です。守一さんを演じるのは山崎努さん。守一さんと家族、そして家を訪れるたくさんの人たちとの、ある1日を描いた『モリのいる場所』の制作の裏側を教えてもらいました。

家と庭だけ!熊谷守一さんの1日を描いたお話

−沖田監督の作品がすごく好きだったので、今日楽しみにしていました。今回の映画『モリのいる場所』もすごくおもしろかったです。虫や鳥など動物もたくさん登場していて、撮影は大変そうですよね。

沖田監督:そうですね。でも、今回の映画では最初から生き物をたくさん撮りたいと思っていたんです。人は演じてもらうことができるけど、虫や動物にはそれができません。いつどんなチャンスがあるかわからないので、そういう意味では臨機応変に撮影していきましたね。

人の撮影をしているあいだに、誰かが「セミの幼虫がいます!」と言えば、「撮ろう!撮ろう!」なったり。生き物優先の撮影でした。

−庭もひとつの登場人物というくらい存在感を放っていましたよね。

沖田監督:庭の半分くらいはもとからあったもので、その半分を美術部が造園しました。美術部が本当に素晴らしく仕上げてくれましたね。池の入り口も掘ったんですよ。底の部分は別の場所なんですけど、山崎さんが隠れられるくらい深さまで掘ってもらって。美術部のがんばりがあって、素晴らしい熊谷守一さんの庭を作ることができました。

実際の守一さんの庭よりは少し広くて、異なる部分もあるんですけど、映画としてはおもしろい庭になったんじゃないかなと思っています。

−これまでの沖田監督の他の作品に比べて移動が少ない映画だなと感じました。もちろん登場人物はみんな右往左往していたりするんですが、そのほとんどが家か庭の中ですよね。

沖田監督:そうですね。今回、守一さんの映画ということで、「家と庭だけの1日でお話を作れたらおもしろいんじゃないか」というアイデアが根本にありました。よっぽどのことがないと外に出ないようにしたかったんです。

山崎努さんが演じる熊谷守一で映画を作りたかった

映画『モリのいる場所』沖田修一監督インタビュー

−『キツツキと雨』の撮影現場で守一さんのことをお知りになったのが、今回の『モリのいる場所』のきっかけとなったとのことですが、どういうところに惹かれたのでしょうか?

沖田監督:山崎さんが撮影現場での近くに守一さんの記念館があるということを教えてくれたんですよね。そのときは、記念館へは行けなかったんですけど、撮影が終わったあともなんとなく気になっていて、自分でも調べはじめたんです。今まで熊谷守一さんの映画って誰もやっていなかったし、おもしろいなと思って。

あと、なによりも山崎さんを撮りたいという気持ちが正直なところですね。山崎さんが熊谷守一を演じる映画…って想像して、「これはおもしろそう!」となって、話がはじまったんです。

映画『モリのいる場所』沖田修一監督インタビュー

−『キツツキと雨』の撮影ということですと、2011年くらいですよね。そこから6、7年ブランクがあると思うんですが、その間ずっとあたためてきた感じなのでしょうか?

沖田監督:あたためるというほどでもないんですけどね(笑)。なんとなく企画のアイデアとしては心の奥底にはあったものの、本腰を上げてという感じではなかったんです。

その後、プロデューサーと企画の話をしているときに、守一さんの絵や写真を見せて「山崎努さんで熊谷守一の映画をやりたい」という話をしたら、「おもしろそうですね」となりはじまりました。タイミングというのもあるのかもしれないですね。

映画『モリのいる場所』沖田修一監督インタビュー

−熊谷守一さんという実在する人物を描く上で、気をつけたポイントはありますか?

沖田監督:なんでしょうね…でも、伝記映画みたいにはしたくないと思いました。基本的には「30年近く自宅から出なかった画家の1日の話」という考えで、熊谷守一さんだからということはあまり考えませんでしたね。実在する方だからというところには、あまり引っ張られないようにしないと…ということは、意識していました。

でも、実際のエピソードもところどころに盛り込んでいます。冒頭の天皇陛下が「子どもの絵ですか?」というエピソードや文化勲章を辞退した話も実話です。

あと、加瀬亮さんが演じたカメラマンの藤田は、藤森さんというモデルの方がいます。映画の守一さんくらいの年齢のときに、3年くらいずっと守一さんを撮っていた方です。その方からもお話を少し伺うことができたんですけど、本当にあの家にはいろんな人が出入りしていたということでしたね。

そういう話を聞いておもしろいなと思ったエピソードを取り込んでいます。もちろん同じ日に起きたエピソードではありませんが、そこはフィクションということで1日にまとめました。

−自宅から出なかった30年という時間の中の1日だけを描こうというのも、初期から考えていたことなんですか?

沖田監督:最初、台本を書くときに、悩んだんですけど、まあ、1日の話の方がわかりやすくていいかなと思って。守一さんの絵のようにシンプルな映画にしたかったんです。小さなキャンバスの中に描いた絵のように、映画もわかりやすいものにしたくて。だから、時間も絶対に3桁にならないようにと思って2桁にこだわったら、結果的に99分でした(笑)。

−絵の雰囲気から映画を作るっておもしろいですね。

沖田監督:最初はそこまで考えていませんでしたけどね(笑)。作っているうちに、そういう映画があってもいいなと思うようになりました。

「山崎さんと仕事がしたい」というところからはじまっている

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−映画の資料を拝見させていただくと、「沖田組に参加したかった」というキャストの方々のコメントがいくつも掲載されていましたが、熊谷家に人が集まるように、沖田監督のもとに人が集まってくるんだなと思いました。

沖田監督:いやいや!そんなことはないですよ。山崎さんの元に集まってきてくれたんです(笑)。「山崎さん主演で熊谷守一さんの映画を作る」というこの企画自体に樹木希林さんも乗ってくれて、加瀬さんや他の方々も、「どんな映画どうなるんだ!?」という興味で参加してくれたんだと思います。なので、やっぱり山崎さんです。

−現場でもいろいろ話し合いながら撮影されたんですか?

沖田監督:山崎さんはすでに脚本をかなり読み込まれていて、しかもちゃんと理解してくださって、ズレがなかったんです。理解というのとも違うかもしれないんですけど…。僕が現場で変えようとしたときに、逆に山崎さんが「台本のおもしろさにもっと忠実でもいい」とおっしゃってくださって。

髪やヒゲなど見た目についても、山崎さんと手紙で何度もやりとりしながら決めていきました。髪とヒゲはトレードマークだったので、かなりこだわりましたね。

−脚本を書かれている段階では、もう山崎さんに演じてもらうということは決まっていたんですか?

沖田監督:はい。僕は山崎さんじゃなければ、この企画ないと思っていました。それこそ「山崎さんと仕事がしたい」というところからはじまっている企画なので。脚本を書いて山崎さんに断られたら、他の人で…というのはありませんでしたね。

映画『モリのいる場所』沖田修一監督インタビュー−脚本は、山崎さんが演じられるイメージで書かれていたんですか?

沖田監督:山崎さんがこの役をやるという認識で書いていましたが、どういう風に演じるかというところまでは想像できていませんでしたね。

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−山崎さん演じる守一さんの奥さん役を樹木希林さんが演じていて、そのふたりの組み合わせもすごく素敵でした。

沖田監督:樹木希林さんって、すごい女優さんじゃないですか(笑)。昔から一緒にお仕事できたらと思っていた方のひとりです。一緒に仕事できたらそんなにうれしいことはないし、山崎さんと樹木さんが一緒に並んでいる画はそうそうないぞと思って。もちろん単純に僕が好きだったというのもあるんですけどね(笑)。

プロデューサーの方とも話して、樹木さんにお願いすることになったんですけど、すぐに「OKです」っていうお返事をくださったんです。「ええ!早い!」と思ったら、「台本読んでない」とおっしゃって(笑)。

あとから聞いたら、山崎さんが主演の熊谷守一の映画ならと興味を持ってくれたみたいです。そのあと『キツツキと雨』か何かを見て、おもしろかったからよかったって言ってました。

「こういう映画おもしろくない?」からはじまる映画作り

−私、個人的なのですが、沖田監督の映画の“間”がすごく好きなんです。セリフとセフのあいだなどの“間”がすごく印象的で。そこはなにか意識されているのでしょうか?以前、なにかで演技が終わってからカットをかけるまでが長いというようなことを読んだのですが…。

沖田監督:ときどき言われるんですけど、あまり考えていませんね。たしかに、ちょっと前はカットをかけるのが長かったかもしれないです。

でも昔はカットを切るのが早かったんですよ。今回の録音部も務めてくださった山本タカアキさんとはじめてテレビドラマを一緒にやったときに、「沖田はカットをかけるのが早いから、もう少し俳優さんを待ってみたら?」と言われて。そこから意識するようになり、どんどん長くなったんだと思います(笑)。

でも、まあ、無理してカットをかけるのを遅らせることはないですが、「なにかありそうだな」というときは、少し野放しにしたりします。俳優さんたちの空気を感じ取ってという感じです。なので、特に信念があって…ということではないんです。

映画『モリのいる場所』沖田修一監督インタビュー

−今までもいろいろな題材で映画を撮られていますが、「これで撮ってみよう」というようなインスピレーションはどういうところから得られるのでしょうか?

沖田監督:なんでしょうね。でも「こういう話を映画にしたらおもしろいんじゃないかな」というのは確かにあります。

普段、居酒屋で飲みながら「こういう映画おもしろくない?」っていうようなことなんですけどね。今回も「おじいちゃんが家でずっと虫を見ている映画って今までないよね?」っていうような会話からですよね(笑)。

−おじいちゃんが虫見ている映画!確かにないですね(笑)。そうやって映画のアイデアが生まれてくるんですか!?

沖田監督:そうですよ(笑)。『モヒカン故郷に帰る』だったら、「デスメタルの男がお父さんを優しく看取る話」ですよね。

いつもそういうちょっと小馬鹿にしたおもしろさからはじまるんですが、脚本を書くときには、どこがおもしろかったのかとかを自問自答しながら…という感じです。でも、結局最終的には、自分が居酒屋で「ちょっとおもしろくない?」って言っていたところが大切だったりもするんですけどね。

やっぱり企画を考えたり、思いついたときはとにかく楽しいです。机の上で考えていることだったらお金もかかりませんし(笑)。

映画『モリのいる場所』沖田修一監督インタビュー

−なるほど!映画を撮っていて一番楽しい瞬間もそういうときですか?

沖田監督:いや!それは撮影かもな〜。撮影は楽しいですよ!脚本書いているのが一番つらいですね。現場はもうなるようにしかならないですから。たくさんの人がいますから。仕上げもなんだかんだ人がいますしね。

ファミレスでひとり、コーヒー飲みながら脚本書いているときが一番つらいですね。一番楽だけど、一番つらいです(笑)

−ひとりでやっている時間がつらいということですか?

沖田監督:いや、というよりも、脚本を書いているときは無限の可能性があるじゃないですか。その中で何を選んで、どう作っていくかを決めていかなきゃいけないので。原作があるものだと「原作がこうだから」と多少幅は狭められますけどね。

−今回の脚本は苦労されたんですか?

沖田監督:毎回、毎回、わけが分からなくなるくらいまでやるんですけど(笑)。今回は特に難しいことはしようとは思っていませんでしたので、いつもよりは…。

今回で言えば、やりようとしてはいろいろな方法があると思ったんですけど、僕自身が美術的な観点を持っているわけでも、学術的な知識があるわけでもなかったので。だから、もう少し身近なものにしたいというのはありました。仙人と呼ばれている人だけど、仙人扱いしないで、ただのおじいちゃんとしての映画を作りたかったんです。

−たしかに、画家の映画なのに、絵を描いたり、画家らしいことをしているシーンは描かれていないですよね。

沖田監督:おかしな話ですよね(笑)。でも、描いているところは映さないと決めていました。実際、絵を描いているところはほとんど見せていなかったようなので「ナイショ」という感じでいいんじゃないかなと。

現場で自分がおもしろがることが大切

−沖田監督が映画を撮る上で、大切にしていることやこれだけは譲れないというものがあったら教えていただきたいです。

沖田監督:やっぱり自分がおもしろくないといけないんだなと思っています。

−それは完成したものを観たときにということですか?

沖田監督:いや、現場でですね。「結局、誰がこの映画をやりたいんだ」っていうことにならないようにしなくてはいけないなと。何人ものスタッフが関わっている現場の中で、その作品を作ることを楽しんでいる人間がいないと、「なんのためにやっているんだ?」ということになってしまうかもしれないじゃないですか。少なくとも長い時間をかけて、たくさんの人とやっていることなので、現場でちゃんと自分がおもしろがれないといけないなということは、意識しているし、大切にしていることかもしれないですね。

映画『モリのいる場所』沖田修一監督インタビュー

−迷ったら沖田監督が楽しめるほうを選ぶとかでしょうか?

沖田監督:迷ったらもうだめですね(笑)。迷うことはもちろんありますけどね。それよりも楽しいことをやれているかどうかということかな。迷うことも楽しいことだと思うので。

−そうなんですね。映画を撮っていて一番達成感があるのはどんなときですか?

沖田監督:なにも知らない状態で、映画の企画を誰かに見せているときもそうだし、僕の作品はコメディ色が強いので、お客さんが笑ってくれたり、お客さんの反応を直に感じられるとよかったなと思いますね。

実際は人がどう受け取っているかはわかんないんですけど、それでも何かしら影響を与えられているのかもしれないと思えるので、そういう実感があるときには「映画撮っていてよかったな」と思いますね。

−映画制作がはじまるとお忙しい日々かと思いますが、気分転換はどのようにしていらっしゃるのでしょうか?

沖田監督:気分転換か〜ずっと台本書いたりしているんですよね…。昔は卓球が好きでよくやっていたんですけど、最近はほとんどやらなくなったしな…。

うーん…、お酒ですかね(笑)。お酒は何でも好きで、ひとりでも飲んでいます。お酒飲みながら映画観て、「こんな映画あったらおもしろいな〜」って考えているときが楽しいですよね。

映画『モリのいる場所』沖田修一監督インタビュー

−モリみたいにまったく家から出ない日もあるんですか?

沖田監督:ありますね。僕はもともとそんなに行動範囲が広くないので、だから「隠居」というものに少し憧れもあります。でも、絶対飽きるんですけどね(笑)。絶対30年も無理ですよ。だから、守一さんのようにずっと家から出ないで暮らせるというのもひとつの才能だと思います。

でも、撮影中1ヶ月くらい寝泊まりしていたら、「またあの鳥来た、あの蝶もまたいるな」と気づくようになりましたね。朝早く起きてスタッフが来るのを待っているときも庭をぼーっと見ていると、意外とずっと見ていられるんですよ。気がついたら撮影がはじまっていて(笑)。あの庭を見ていると1日があっという間なんですよ。

−庭という限られた世界だけど、忙しいというか、めまぐるしいんですね。

沖田監督:ええ。無限の可能性がありますからね。もともと守一さんが30年見つめてきた庭が広く見えるような映画にしたいと思っていたんですけど、実際に僕自身も撮影中に少し体験できた気がします。

 

沖田監督作品のあたたかさとユーモアは、沖田監督ご自身の人柄でもあったんだ!というくらい楽しいお話の数々。映画『モリのいる場所』も沖田監督のユーモアやあたたかい眼差しがたっぷりで、観ていてほっこり癒やされて、そして思わず笑いがこぼれる作品です。ぜひ、映画館でモリと庭と愉快な仲間たちの世界を堪能してください。

  • 映画『モリのいる場所

  • 2018年5月19日全国ロードショー
  • あらすじ:昭和49年の東京・池袋。守一が暮らす家の庭には草木が生い茂り、たくさんの虫や猫が住み着いていた。それら生き物たちは守一の描く絵のモデルであり、じっと庭の生命たちを眺めることが、30年以上にわたる守一の日課であった。そして妻の秀子との2人で暮らす家には毎日のように来客が訪れる。守一を撮影することに情熱を傾ける若い写真家、守一に看板を描いてもらいたい温泉旅館の主人、隣に暮らす佐伯さん夫婦、近所の人々、さらには得体の知れない男まで。老若男女が集う熊谷家の茶の間はその日も、いつものようににぎやかだった。
  • 出演:山崎努・樹木希林/加瀬亮/吉村界人/光石研
  • 監督・脚本:沖田修一
  • 制作:新井重人/川城和美/片岡尚
  • 公式ホームページ:http://mori-movie.com/