森見登美彦さんインタビュー|やりたいことが詰まった『ペンギン・ハイウェイ』

こんにちは。あいぽんです。

昔から小説が好きで、カバンの中にはいつも文庫本を忍ばせています。小説のなかにはいろいろな世界が描かれていますが、小説を読むたびにいつも気になっていたんです。「どうやってこの世界を作っていくのだろう?」と。

森見登美彦さんインタビュー|やりたいことが詰まった『ペンギン・ハイウェイ』

今回、小説家の森見登美彦さんにお話を伺うことができました。『夜は短し歩けよ乙女』『四畳半神話大系』などに描かれているような、日常と地続きに存在するちょっと不思議な世界はどうやって作られているのでしょうか。8月17日から公開されているアニメ映画『ペンギン・ハイウェイ』のお話を交えながら森見さんのものづくりの裏側を探っていきたいと思います。

 

『ペンギン・ハイウェイ』は原点のような作品

ー『ペンギン・ハイウェイ』のアニメ映画を観た率直な感想を教えてください。

森見さん:最初に観るときはいつもいろいろなことを考えちゃって落ち着ついて観られないんですよね。『ペンギン・ハイウェイ』も何回か観て、ようやく慣れた感じです。原作で僕が描きたいと思っていたものや細かい部分まで描いていただいていて、率直にいい作品だと思いました。

そもそも原作はかなりクセのある作品なんですよね。自分のやりたいことを優先して書いたので、よくよく考えるといびつな部分もあるし、かなり幻想的な話なんです。「それが本当に夏休み映画として成立するのだろうか…」という心配もあったんですが、原作の味わいや空気感を活かした上で楽しんで観られる映画にまとめていただいたなと。すごくうれしかったですね。

観ていると、思わず涙ぐむシーンもあったりして。原作者としては「泣いてはいかん!」と思うんですが(笑)。グッとくるものがある映画でした。

そもそものお話になってしまうんですが、なぜペンギンの物語を書こうと思われたのでしょうか?『ペンギン・ハイウェイ』の着想のきっかけを教えてください。

森見さん:『ペンギン・ハイウェイ』は最初に編集者と話をしてから、完成までに結構長い時間がかかっているんです。雑誌の連載から単行本として発売する前に要素を足したりして完成したので、どういう風にしてできたかというのを一言で言うのは難しいですね…。  どんな小説を書くときもそうですけど、今回も試行錯誤しながら作っていきましたね。

でも、なにより最初に「ペンギン・ハイウェイ」という言葉で作品を書きたいというのはありました。

初期から『ペンギン・ハイウェイ』というキーワードはあったんですね。

森見登美彦さんインタビュー|やりたいことが詰まった『ペンギン・ハイウェイ』

森見さん:最初にこういう世界を書きたいとぼんやりと思い描いていたときに、たまたまテレビのドキュメンタリーで「ペンギン・ハイウェイ」を知ったんです。ペンギンが歩く、いわば獣道ですね。ハイウェイでもなんでもないのに、「ペンギン・ハイウェイ」って呼ぶのもかわいいって思ったし、ペンギンという自然の生き物とハイウェイという人工的なものがすごく印象に残って…。そのとき自分が描きたいと思っていた物語の雰囲気に、「ペンギン・ハイウェイ」という言葉を持ってくると非常にいい感じがするなと思ったし、その時までに自分が書いてきた『夜は短し歩けよ乙女』などのようなちょっと古めかしいノリとは違う作品になりそうだなと思ったんです。

『ペンギン・ハイウェイ』という言葉から、郊外の住宅地の空き地にペンギンがぽつんといて空を眺めているそういうイメージが浮かび、そこからはじまったんですよね。

僕の場合、ストーリーが自然に膨らんでいくというよりは、いろんな断片的な「こういうものが描きたい」というイメージが出てきて、だんだんそのイメージとイメージの間の関係がつながって、なんとなくそのイメージの中心にお話の筋みたいなものが見えてくるという作り方が多いんです。今回はその一番最初に「ペンギン・ハイウェイ」という言葉があったという感じですね。

森見さんというと京都と大学生というイメージがすごくありましたが、今回、小学生の男の子が主人公の郊外が舞台のお話ということで、新鮮でした。

森見登美彦さんインタビュー|やりたいことが詰まった『ペンギン・ハイウェイ』

森見さん:自分にとってはそんなに新境地的な意味合いはなくて、もともとやってみたいと思っていたものなんです。自分が子どものときから思春期にかけての時期をすごした世界、そこで自分が妄想してきたことを小説のかたちにしてみたいと思っていたんだけど、それがなかなかうまく書けず…。

そうこうしているうちに京都を舞台に大学生の物語を書いたら、世に出ることになったという感じです。だから、いずれは京都を舞台にした大学生が主人公ではない、かつては挫折した郊外を舞台にした自分の原点みたいな小説を書きたいという気持ちはありました。

京都を舞台にしたときには現代ではあまり使わない言葉を使って、現実とも違うちょっと古めかしい世界というのを作ってきていましたが、そういう世界の作り方をもう少しコントロールすれば、自分が以前書きたいと思っていたような世界も作れるんじゃないかなとか、小説を何作か書いていくうちに、こういう風に設定すればこういう世界が描ける、この文体を使えばいいとか、こういう単語を選ぶと世界が全然違って見えるというようなことがわかってきたんですよね。

ある程度道具が揃ってきたところで、リベンジというか、もう一度自分の原点と言える世界に挑戦してみようという感じで、『ペンギン・ハイウェイ』を書きました。

 

子供の頃に想像していた世界

森見登美彦さんインタビュー|やりたいことが詰まった『ペンギン・ハイウェイ』

「世界の果て」が出てくるなど、哲学っぽい表現もありましたね。

森見さん:『世界の果て』みたいなもの、そこから先に行けない不思議な場所というのが自分の家の近くにあるんだという、子どもの頃に想像していたイメージを描こうというのが中心のアイデアにありました。

でも、あまりものごとを多くは知らない子どもたちほど、大人が日常の生活の中で深く考えこまないようにしているようなこと、例えば世界のなりたちや死んだらどうなるんだろうということに向き合うじゃないですか。子どもの頃ってそういうことにふっと囚われてしまうときがあると思うんです。

だから、色んな意味での「世界の果て」なんですよね。小説の中で象徴的に出てくるのは森の奥にある「海」という存在だけど、それだけじゃなくて、自分にはよくわからない年上のお姉さんっていうものもの謎だし、生き物はみんな死ぬというのもある意味「世界の果て」だし。我々はいろんなとこで「世界の果て」に囲まれているんですよね。

子どもたちが突きつめて考えるようないろんなかたちの「世界の果て」を全部入れようという意識はありました。本筋に関係ないことでも、全部入れたいなと。

アオヤマくんがいろいろと探し求めている過程を描いた作品ですが、森見さんご自身もストーリーを作りながら探し求めるという感じだったのでしょうか? 森見登美彦さんインタビュー|やりたいことが詰まった『ペンギン・ハイウェイ』

森見さん:そうですね。僕は小説を書くとき、いつもそういう感じなんですが。わかって書くというよりも、ああでもないこうでもないと繰り返して、アオヤマくんのように「エウレカ!*こういうことか!」とわかる。そういうことが多いですね。

*なにかを発見・発明したことを喜ぶときに使われるギリシャ語に由来する感嘆詞。古代ギリシアの数学者であるアルキメデスが叫んだとされる言葉。

登場人物も書いてくなかで、こういうキャラクターだったんだ!と気づくこともあるのですか?

森見さん:そうですね。最初の時点ではぼんやりとしたイメージしかないので、他のキャラクターとのやりとりやどういう行動を取るかとかがお話の流れの中で決まっていき、ようやく物語が全部できたときに、その人物が確定することが多いですね。

 

自分の妄想にかたちを与えるために

森見さんご自身は主人公のアオヤマ君ぐらいの年齢(小学生)の頃、どんなお子さんだったのでしょうか?

森見登美彦さんインタビュー|やりたいことが詰まった『ペンギン・ハイウェイ』

森見さん:アオヤマ君のような子どもではありませんでしたね(笑)。アオヤマ君は小学生の頃の自分にとってのヒーローのような存在、こういう風になりたいという憧れですね。子どもの頃の僕は、科学とかそういうものに関する憧れはあったけれど、科学について深く考えることもできない。どちらかという内田くん的な、ちょっと小さくなっているタイプの子でした。でも、アオヤマくんと同じように、自分の暮らす街のどこかに不思議なものがあるんじゃないか、「世界の終わり」はどこかにあるんじゃないかとは考えていましたね。

小説はいつ頃から書き始めたのですか?

森見さん:小学校の頃から書いていました。 小説って書いていても、そんなに人に言えないんですよね。だから高校生の頃は、「こいつ普段なにをやってるんだ?」って思われてたと思います(笑)。小説は書いても、友だちに見せるのははずかしいし、なかなか晴れ舞台がないんですよね。それで学園祭などでは、舞台をやったり映画を撮ったりもしました。だけど、みんなで作るって大変だな、あまり合わないな…と思ってやめました。

書いた作品は誰かに読んでもらおうとならなかったんですか?

森見さん:母親には読ませていたんですけど、友だちには見せなかったです。そこまで自信のある作品はなかったので、ずっとひとりで書いていました。

ひとりで小説を書いているときのモチベーションはなんだったのでしょうか? 

森見さん:自分がもやもや妄想していることをかたちにして、いつでも体験できるようにしたい。そういうことだと思いますね。小説を通してなにかを訴えたいとかはないです。自分のとりとめのない断片的な思いつきでも、小説になると本当にそこにあるような世界に思えてくるので、自分にとってはそれが大事だったんだと思います。今だったら「これちゃんと売れるかな?」とか、いろいろ考えちゃうけど、当時、小学校、中高生のときに書いていたときは、なによりも自分の妄想にかたちを与えることに夢中でした。

多分物足りなかったんだと思います。自分がなにか不思議なことを思いついても、それが本当にとりとめのないことだから誰かと共有するわけにもいかず。自分が頭の中でもやもや考えていることをなにか実感できるかたちあるものに残したい。そういう純粋な気持ちが書く動機になっていたと思います。今は締切とか「そろそろ本を出さなきゃ」とか、他のモチベーションがありますけど、それでも根底は変わっていないと思いますね。

 

森見さんお話ありがとうございます!

子どもの頃に思い描く不思議な世界。そんな童心を思い出させてくれる『ペンギン・ハイウェイ』。夏にぴったりの作品です。ぜひ、映画も小説もチェックしてみてください。

  • 映画『ペンギン・ハイウェイ

  • 【STORY】
  • 小学四年生の少年アオヤマ君は、一日一日、世界について学び、 学んだことをノートに記録する。毎日努力を怠らず勉強するので、大人になったらどれほど偉くなるか、見当もつかない。そんなアオヤマ君は、通っている歯科医院の“お姉さん”と仲がよく、“お姉さん”はオトナびた賢いアオヤマ君を、 ちょっと生意気なところも含めかわいがっていた。ある日、アオヤマ君の住む郊外の街にペンギンが現れ、そして消えた。そしてアオヤマ君は、“お姉さん”が投げたコーラの缶が、ペンギンに変身するのを目撃する。お姉さん”とペンギンの関係とは?少し不思議で、一生忘れない、あの夏の物語が始まる。
  • 出演:北 香那、蒼井優 、西島秀俊、竹中直人
  • 原作:森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』(角川文庫刊)
  • 監督:石田祐康/キャラクターデザイン:新井陽次郎/脚本:上田誠(ヨーロッパ企画) /音楽:阿部海太郎/制作:スタジオコロリド
  • コピーライト:© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会 公式サイト:penguin-highway.com
  • 817日(金)より、全国公開! 
  • 森見登美彦

  • 1979年、奈良県生まれ。京都大学農学部卒、同大学院農学研究科修士課程修了。2003年『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。07年『夜は短し歩けよ乙女』で山本周五郎賞を受賞。同作品は、本屋大賞2位にも選ばれる。10年『ペンギン・ハイウェイ』で日本SF大賞を受賞。