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豊田利晃監督インタビュー|涙を越え「好き」を抱きしめて。将棋棋士を目指した監督が『泣き虫しょったんの奇跡』に込めたメッセージ
こんにちは、おはなです。
「好きを仕事に」とは、よく聞くフレーズ。
眩しさをまとって使われることが多い言葉だけど、私たちは「好き」だけでは乗り越えるのが難しい“現実”も知っています。だから、迷ったり苛立ったり落ち込んだり。
好き、諦めたくない、辛い…そんなごちゃ混ぜな気持ちをパワーに変えて前を向き、夢を叶えた青年の映画『泣き虫しょったんの奇跡』が9月7日(金)に公開されました。
テーマは、将棋。
将棋棋士になる夢を年齢制限で叶えられなかった瀬川晶司さんが、サラリーマン生活を経て、周囲に支えられながら見事プロ編入試験に合格するという奇跡の実話です。
監督は、『ポルノスター』『青い春』『ナイン・ソウルズ』を手掛けた豊田利晃さん。なんと、ご自身もかつてプロ棋士養成機関である「奨励会」に在籍されていた経歴をお持ちです。
一人でも多くの方に観ていただきたい、そんな想いを胸に今作についてインタビューさせていただきました。
今作は、将棋や映画と向き合い愛情を込めた作品
――今回、『泣き虫しょったんの奇跡』を映画化したいと思った理由を教えてください。
豊田監督:物語のリアルさと、瀬川さんへの共感ですね。ひとつのことを夢中になってやっていると、「好き」が途中で負の感情に変わってしまう瞬間があると思います。今作だと、年齢制限でプロ棋士になるのを諦め、将棋を離れたシーン。でも瀬川さんは、まわりに支えられながら、再び愛情を燃やしてやり続け、プロ棋士になる夢を叶えた。このストーリーに、僕自身も影響されましたね。奨励会を辞めてから、いっさい将棋を指してないんですが、読後に「また指したいな」と初めて思ったんです。瀬川さんの素直な文章が、きっかけでした。
――いま映画化するというタイミングに、意味はありますか?
豊田監督:7年くらい前から企画を動かしていたのですが、30代だったら、僕は映画化できなかったと思います。40代後半になって、奨励会時代が過去のことになり薄れたので、かたちにできましたね。
――悲しさや悔しさといった負の感情を、また愛情に変えるスイッチを探すのはなかなか難しいことですよね。
豊田監督:そうですね、将棋だけではなく何ごとにも言えると思います。好きという気持ちに謙虚になって、一から考え直す。僕にとって、今作はそんなふうに将棋や映画と向き合い、愛情を込めた作品とも言えると思います。
「夢を追いかけるだけがいい人生だとは思いません」
――実際のタイトル戦で使われた駒を用いたり、駒を持つ手つきが美しかったり、細部までこだわりを感じました。
豊田監督:もともと将棋をやっていた僕が監督したんだから、リアリティは逃さないようにしました。棋士の方も奨励会を辞めた方も、ぐっとくるシーンができたのではないかと思います。
将棋の駒を持つ手つきって、けっこう難しいんです。出演者みんな、手つきの勉強も兼ねて控室で将棋を指していて。お互い将棋を指す仲間という設定なので、いい感じの空気ができていました。映画が終わってからも、出演者同士で“将棋の会”をやっているみたいですよ。
――松たか子さん演じる小学校の先生が、「何かに熱中することって素晴らしいと思う」と仰っていた台詞、温かかったです。豊田監督も、映画が好きで監督になられたのでしょうか?
豊田監督:いろんなことがあって、将棋を辞めてから4年くらい誰とも喋っていなかったんです。引きこもりというわけではないけれど、図書館に行ったり映画を観たりして、1人でいて。上京して映画のアルバイト募集を見て「監督やりたいです」って伝えたら、「脚本書いてみない?」と言われたのが始まりですね。21歳のころです。
――そうしていまに至るのですね。好きなことが仕事になっている。
豊田監督:経済的に仕事として成立しているのかはわからないんですけど(笑)。逆に、好きなこと以外、何をやれば良いんですかね? いつか死んでしまうので、後悔はしたくない。やりたいことがそこにあるんだったら、それしかやりたくない。「やりたくない仕事もやれ」ってよく言われるし、僕もやりましたけど、それが基本的な人間の生き方ではないので。諦めなくていいと思います。それに、苦悩はつきものですね。自分の思い通りの映画は未だに作れていません。
――好きだからこそ、追いかけ続けるのかもしれませんね。逆に、好きなものが見つからないと焦る方も私のまわりには多いです。
豊田監督:好きなことを見つけられたらいい人生だとも思わないし、夢を追いかけるだけがいい人生だとも思わないです。そういうのは実は、ないほうが自然で幸せなのかもしれません。それはそれで、楽しめる。ないことが、悪いことだとは思わないですね。
私には何があるんだろうと焦るのならば、それはまわりの影響です。自分を作っているのは常にまわりで、それが世界なんで。言葉はひっかかります。だから僕は、ちゃんと意見を言ってくれる人を信頼するようにしていますね。
「好き」を追うのは、沈んでいく夕日を追いかけるように終わりがない
――松田龍平さん演じるしょったんが、「父さんが思うほど、将棋を頑張れなかった。ごめん」と涙を流すシーンがありますが、自分で自分の頑張りを認められる瞬間ってなかなかないと考えさせられました。
豊田監督:僕は、けっこう頑張っていますよ(笑)。そういう反省をしたくないんで、毎日仕事しているんです。ずーっと脚本書いて。誰からオファーされたわけでもないのに、300ページとか作っているんですよ。それは好きだからできることなんですけど、それでも自分が思うようにはなかなかできなかったりするから続けているんです。
――最後に、これから映画を観る方へメッセージをお願いします。
豊田監督:これは夢を追い続ける男の物語です。夢を追いかけるというのは、途中で苦悩と喜びが混ざって、苦しみのほうが意外に多かったりする。でもそれを乗り越えて愛に変えると、すごく強いんです。それって、沈んでいく夕日を追いかけるみたいに、終わりがなくて走り続けるということなんですけど、僕は、そういう生き方が好きですね。何かを追い求める姿。将棋じゃなくてもいいんですが、何かを求めている人の心に触れることができたらすごく嬉しいです。
映画『泣き虫しょったんの奇跡』
アマチュアからプロへ!史上初の偉業を成し遂げた男の《実話》
26歳。それはプロ棋士へのタイムリミット。小学生のころから将棋一筋で生きてきた“しょったん”こと瀬川晶司の夢は、年齢制限の壁にぶつかり、あっけなく断たれた。奨励会の退会後、将棋とはしばらく縁を切り平凡な生活を送っていたしょったんに、突然訪れた父親の死…。親友・悠野ゆうやら周囲の人々に支えられ、さまざまな困難を乗り越え、再び駒を手に取ることに。しかし、プロを目指すという重圧から解放され、そのおもしろさ、楽しさを改めて痛感する。
「やっぱり、プロになりたい――」。
35歳、しょったんの人生をかけた二度目の挑戦が始まる。
監督・脚本:豊田利晃
原作:瀬川晶司『泣き虫しょったんの奇跡』(講談社刊)
音楽:照井利幸
出演:松田龍平/野田洋次郎/永山絢斗/染谷将太/妻夫木聡/松たか子/イッセー尾形/小林薫/國村隼
製作:「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 制作プロダクション:ホリプロ/エフ・プロジェクト
特別協力:公益社団法人日本将棋連盟
配給・宣伝:東京テアトル
公式サイト:http://shottan-movie.jp/
©2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 ©瀬川晶司/講談社