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三島有紀子監督インタビュー|つながる瞬間を描いた映画『ビブリア古書堂の事件手帖』
こんにちは。あいぽんです。
読書の秋。ふと手にとった古書に50年前の切なくも美しい秘密が隠されていたら?本によって過去と今、そして人の想いがつながる瞬間が描かれたミステリー映画『ビブリア古書堂の事件手帖』が間もなく公開されます。
今回は監督の三島有紀子さんにインタビューをしてきました。映画『ビブリア古書堂の事件手帖』の撮影秘話のほか、映画を作る上で大切にしていること、そして映画作りのなかで出会う3つの奇跡など、三島監督の映画作りについて伺ってきました。
「つながった瞬間」を見つめた作品
−映画『ビブリア古書堂の事件手帖』を拝見し、人と人のつながり、人の想いがつながっていくということを強く感じました。
三島監督:それはうれしいです。そこがまさに描きたかったところでした。
−そうなんですね!今回の映画を撮る上で、一番意識したこと、大切にしたことがあれば教えて下さい。
三島監督:一番大切にしたことか…。2時間の映画を通して、大事なことをお伝えできるといいなと思っているので、全部積み重ねです。なので、「どれ」というのは難しいですけど…。それでいうと、今おっしゃってくださったみたいに「つながった瞬間」みたいなものを見つめようとした映画だと思います。
たとえば、人と人、場所と場所、人と本、想いと想い…そういったものが「つながった瞬間」を切り取っていきたいとは思っていました。本を手に取るときの本と手がつながった瞬間、本をわたすときの手と手…そういう何かと何かが「つながる瞬間」を丁寧に映したいと思っていましたね。場所もそうです。場所と場所をつなぐ切通しという場所や、冒頭に出てくる橋もある場所とある場所をつなぐものですよね。
そして、過去からの想いが今を生きている人につながり、そこでまた人と人がつながる…。そういうつながる連鎖というものを描けたらいいなと思っていました。どういう映像を撮ったらいいか、どういうお芝居をしてもらったらいいのかは、すべてそこを描くためでした。
−ストーリーのなかでつながっているんだ!というのはすごく感じたのですが、それ以外の言葉に表せないけどつながっている感覚も確かにありました。それは、今おっしゃっていたようなシーンとつながりも意識されていたからなんですね。
三島監督:そう感じていただけたならうれしいです。
環境を作ることが役者さんへのプレゼント
−先日、『ビブリア古書堂の事件手帖』に関する、東出さんと夏帆さんのインタビューを拝見したのですが、「三島監督が寄り添ってくれていて、2人のシーンも3人のシーンのような感覚があった」とおっしゃっていました。役者さんとの関係で意識したこと、演出で伝えたことなどあれば教えてください。
三島監督:今回特別にということはないんですけど、私は基本的にモニターの横にいるのではなく、カメラ横の役者さんに一番近いところにいるようにしています。
あと、環境をプレゼントするというのが私の仕事だと思っています。たとえば、東出さん演じる嘉雄と夏帆さん演じる絹子の食堂のシーンで、最初は入口付近でカツ丼を食べていて、だんだんお店のなかの席になり向い合わせに座る。その後、やがて座敷に来て隣に座るという変化がありますが、私はその起点になる部分、環境を作ることが大事かなと。どういう食堂であるか、何が置いてあるのか、座る位置関係はどれくらいか、隣り合って本を読み合うときにどういう文章を読めば気持ちが高まり心から惹かれていくのか…というようなことを、一生懸命スタッフと考えるんです。本を読み合うシーンでは、助監督と一緒に読み合って、「この部分グッと来るよね!好きになりそうだね」なんて話合っていましたね。
そういう環境ややるべきことの位置関係、使う小道具などを整えることが、私を含めたスタッフから役者さんへのプレゼントなんです。そこから何を受け取って、お芝居してくれるのかというのをずっと近くで見ているという感じなんですよね。
−嘉雄は太宰治好きという設定ですが、小道具の万年筆も太宰治が使っていたものと同じタイプのものをご用意されていたそうですね。
三島監督:そうですね。最近は皆さんあまり字を書かないじゃないですか。太宰治に憧れている青年ということで、その気持を育んでいただきたいという想いがあったので、太宰治が使っていたのと同じタイプの万年筆と原稿用紙を事前にお渡ししたんです。とにかくここに字を書くことを繰り返して欲しい、ということをお願いしました。
−なるほど。そうやって環境を整えて、あとは演技を見守ると。
三島監督:見守りながらも、このシーンがどういう感情になっていることが重要なのかということを見極めていくことが私の仕事なので、そこが役者さんに伝わっていない場合は「もう少しこうしましょう」というときもありますし、「そこまでやっちゃうとやりすぎなので、もう少し抑えましょう」ということもあります。だけど、具体的に「ここで立ち上がって欲しい」とか「ここで何かを使ってほしい」ということはほとんど言わないですね。
小説のなかにある映画にしたいエッセンスを集めて
−三島監督のこれまでの作品も拝見して、不器用というか少し生きづらい人々が、映画のなかでゆるやかに変化していく作品が多いのかなと感じました。
三島監督:なんでしょうね。自分自身が「こういう人が撮りたい」と思うことが大事なんだと思います。それはドキュメンタリーを撮っていたときから同じで。なぜか魅力を感じる人というだけなんですけど。なぜか、を掘り下げていくと私にとってはそういう「一生懸命生きようとしてうまくいかないけどもがいている人」が多いです。。なので、だいたいそういう不器用な登場人物たちに行き着いてしまうんですよね。
−今回は、原作があるお話でしたが、これまではオリジナル脚本の作品も撮られていますよね。原作がある作品とオリジナル作品で作り方に違いはあるのでしょうか?
三島監督:それは、映画にするかどうかの時点ではあまり違いはないですね。オリジナル作品は自分自身がいろいろと考えて生み出したもので、映画を撮るために作っています。
原作があるものに関しては、原作を読んでいるうちに自分が映画にしたいエッセンスが生まれるかどうかなんですよね。そのエッセンスがあれば映画にしたいと思いますし、そのエッセンスが間違えてなければ、その作品を映画化したときにきっと間違いがないと思っています。原作があるものでもそのルックを完全に再現することを重要視していなくて、この小説が一番大切にしていること、そのキャラクターの魅力を感じる部分、そういう根幹はどこなんだろうということをずっと考えていますね。映画化したときに、それが描けていれば大丈夫だという確信が私のなかにあるんです。
たとえ、原作のエピソードをそっくりそのままやらなかったとしても、映画として、原作で描こうとしている根幹の部分が表現できていれば大丈夫だ!と。そう信じています。
−そのエッセンスというのは「これ!」と言葉にできるようなものなのでしょうか?
三島監督:言葉にできるようなときもありますし、できないこともあります。ただ原作があるときは、エッセンスになりそうだなと引っかかった言葉に丸をつけていって、それを拾い集めたとき、大きな丸に何が生まれるか、という感じですね。
−なるほど!今回、太宰治の本が人の想いをつなぐものとして重要なアイテムとなっていますが、もともと太宰治はお好きなのですか?
三島監督:そうですね。好きですね。『満願』という作品があるんですが、太宰治のような男が縁側で街を眺めていて、毎日白い日傘を持った女性がその前を通り病院へ通っているんです。でも、一年後のある日、その女性が日傘をすっと開いてくるくるっと回すんです。実はその女性は病気のため、旦那さんと夜を過ごすことを禁じられていたんですよね。その日はお医者さんから禁止を解かれたから…というお話なんですけど、美しい風景が浮かんできますよね。とても映像的だなって。『ビブリア古書堂の事件手帖』の原作者である三上延さんも好きな作品だとおっしゃっていました。誰で撮りたいな〜と想像したりもしますね(笑)。
−小説を読まれて、映像が浮かぶんですね!
さきほど、映像化をするうえで、登場人物の外見をトレースすることが一番大事ではないというお話をされていましたが、大輔の配役に野村周平さんをキャスティングされたところとすごくしっくりきた感じがしました。最初は野村さんのこれまでのイメージとは少し違う役どころだと感じたんですけど、見終わった後は、野村さんの大輔さんがすごく魅力的だなと思ったんですよね。
三島監督:そうですね。大輔さんは本当に素直でストレートで、そばにいるとじわじわとぬくもりが感じられる太陽のような人だと思っているんです。それはきっと野村さんのなかにもあるだろうなと思ってお願いしたんですけど、本当にそういう方で、それはとてもよかったなと思っています。
もっとパーッと明るい方なのかなと思っていたんですけど、現場ではいろんな人を見ているし、いろんなことを感じ取っているし、いろんなことを考えて、発言したり行動したりしているので。そういう野村さんの繊細な部分も含めて、非常に素敵な大輔さんになるなと思って撮っていました。
−役者さんの新しい一面も映画のなかで表現されているのは、もともとドキュメンタリー番組を撮っていたことも関係しているのかなとも思いました。
三島監督:そうなんですかね〜ドキュメンタリーを撮ってきていない人生がわからないんですけど(笑)。でも、そうですね。役者さんをすごく観察しているかもしれないです。人によって全然受け取り方が違うので、こういう伝え方をしたらどういう風に受け取るかな…とかは考えています。細かく噛み砕いて説明したほうがいい人と、もうちょっと観念的なことを伝えたほうがいい人といたりして、夏帆さんの場合は少し観念的なことを伝えると悩み続けてくれるんですよね。「それはどういうことなんだろう…」と考えて、考えて、考えて、悩んで、悩んで、それをお芝居で見せてくれるんです。それがとても素敵なので、あまり具体的には言わないようにしていました。
−人によってアプローチを変えるんですね!
三島監督:人によって受け取り方が全然違うので!東出さんは間接的に伝えたほうがいいかなと思って、夏帆さんに耳打ちして、それでお芝居をやってもらい、その反応を撮ると素敵…とか。もちろんそのやり方が正解かというときっとそうではないと思うんですけど、今回、東出さんには間接的なアプローチで向き合ってみました。
あとは、そのシーンに至るまでの時間をかけてもらうこともあります。たとえば、嘉雄さんと絹子さんが一晩をともにした翌日の写真を先に撮らなくてはいけなかったんですけど、実際にその夜のシーンはまだ撮っていなくて。人間って肌と肌を触れ合った関係とそうでない関係って全然違うんですよね。なので、その撮影前に撮影場所となった旅館で、一時間ほど2人で過ごしてもらって、「こういう写真を撮って下さい」とお願いして、あとはスタッフ全員外に出て、2人きりで撮ってもらったのがあの写真です。公には見せないような表情を撮ってもらいたかったので、そうしましたね。
そういう環境をセッティングして撮るという意味では非常にドキュメンタリーに近いかもしれないです。役者さんも人間ですからね。
−もともとドキュメンタリー番組を撮られていて、劇映画を撮りたいという想いはあったんですか?
三島監督:大学時代から8mmフィルムで劇映画を撮っていたので、そういう意味では、劇映画に戻ってきたという感覚ですね。
映画にある3つの奇跡の瞬間
−映画を撮っていて大変だと思う瞬間、撮っていてよかったと思う瞬間はどんなときですか?
三島監督:映画を撮っていて大変なことですか?大変なことしかないんですよ(笑)。映画を撮りたいと思った時点でもう大変です。そこからお金を集めて、配給会社を探して…もう本当に何年もかかるんですよ。『ビブリア古書堂の事件手帖』のようなある種メジャー映画と呼ばれるような作品でさえ、4年くらいかかっているので。『繕い裁つ人』(2015)は10年かかっていますし、『幼な子われらに生まれ』(2017)も6年かかっています。そういう意味では大変なことしかないです。
−そうなんですね…!では、その大変ななかで、撮っていてうれしい瞬間はどんなときですか?
三島監督:まず、映画には3つの奇跡の瞬間があるんですよね。クランクインできる奇跡と完成する奇跡、公開する奇跡。我々はそう呼んでいるんですけど、そのどれもが本当に奇跡的なことなんです。
クランクインできるというのは、スタッフやキャストが集められて、お金も集められ、「やっとこの映画が作れるんだ!」というときで、そこからお金が途切れたり、途中で制作できなくなることもあります。そこでみんなの努力が実って完成する奇跡。そして、それがたくさんの方に観ていただける日というのが誕生ですよね。たぶんその公開の瞬間が一番しあわせな瞬間なんでしょうね。
でも、大変とは言いつつも基本的には毎日楽しいです。大体監督のところにスタッフが来るときというのは、何か問題があるときなんですよね。「こういう問題がありますけど、どう解決しましょうか?」とやってくるんですけど、それを極力楽しみながら「それができないなら、こうしたらもっとよくなるよね」と。問題が生じたときにマイナスの選択じゃなくて、それを生かしてよりよくするためにはどうしたらいいかということを楽しく考えるっていうふうにはなっているかもしれないです。
−「できないから、しょうがないからこれ」ではなく、「それができないなら、これでしょう!」というのを考えるんですね。
三島監督:「問題があって、むしろよかったよね」ということを考えたいんです。
過去編に、千畳敷で嘉雄と絹子がシルエットで映るシーンがありますが、あのシーンはどうしても夕日で撮りたかったんです。でも、台風が2回来てしまって、もう無理かもしれない…となっていたんですよね。そこでも「台風の次の日は絶対晴れる!」となって、台風の翌日にあのシーンだけを撮ることにしたんです。その日は撮影がない日だったんですけど、お願いして撮りました。そうしたら美しい夕日と水量が増えた海であのシーンを撮ることができたんです。台風の次の日にしか撮れないものが撮れたんですよね。
−台風で諦めるかどうかっていうときに、絶対翌日はいい夕日が撮れる!と。発想の転換ですね。
三島監督:そうですね。あとはやっぱり私たちは俳優の方々に良い芝居をしてもらうために環境をプレゼントしているので、目の前でいい芝居をしてもらえると幸せです。想像を越えた演技をしてもらえたりすると、もううれしいですよね。
−もう間もなくいくつもの奇跡を経て、最後の奇跡、公開となりますね。
三島監督:3つ目の奇跡を迎えられるように、みんなでがんばってきたので。まず完成したときに、この映画のために一生懸命がんばってくれたキャストやスタッフが観るので、そのときは緊張します。公開はどちらかというとホッとする感じですね。「やっとお客さんにお観せすることができる…」って(笑)。ぜひ、楽しんでいただけるとうれしいです。
いくかの奇跡を乗り越え完成した映画『ビブリア古書堂の事件手帖』。ぜひ、劇場でお楽しみください!
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映画『ビブリア古書堂の事件手帖』
- すべては一冊の本をめぐる祖母の遺言から始まった―。
- 鎌倉の片隅にひそやかに佇む古書店「ビブリア古書堂」。過去の出来事から本が読めなくなった五浦大輔(野村周平)がその店に現れたのには、理由があった。亡き祖母の遺品の中から出てきた、夏目漱石の「それから」に記された著者のサインの真偽を確かめるためだ。磁器のように滑らかな肌と涼やかな瞳が美しい若き店主の篠川栞子(黒木華)は極度の人見知りだったが、ひとたび本を手にすると、その可憐な唇からとめどなく知識が溢れだす。さらに彼女は、優れた洞察力と驚くべき推理力を秘めていた。栞子はたちどころにサインの謎を解き明かし、この本には祖母が死ぬまで守った秘密が隠されていると指摘する。それが縁となって古書堂で働き始めた大輔に、栞子は太宰治の「晩年」の希少本をめぐって、謎の人物から脅迫されていると打ち明ける。力を合わせてその正体を探り始めた二人は、やがて知るのであった。漱石と太宰の二冊の本に隠された秘密が、大輔の人生を変える一つの真実につながっていることを―。
- 原作:三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』(メディアワークス文庫/KADOKAWA 刊) 出演:黒木華 野村周平/成田凌/夏帆 東出昌大
- 監督:三島有紀子 脚本:渡部亮平、松井香奈 © 2018「ビブリア古書堂の事件手帖」製作委員会
- 配給:20世紀フォックス映画、KADOKAWA
- 映画『ビブリア古書堂の事件手帖』 11月1日(木) 全国ロードショー
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三島有紀子
- 大阪市出身。18歳からインディーズ映画を撮り始め、大学卒業後NHKに入局。「NHKスペシャル」「トップランナー」など市井の人々を追う人間ドキュメンタリーを数多く企画・監督。03年に劇映画を撮るために独立しフリーの助監督として活動後、『しあわせのパン』(12年)、『ぶどうのなみだ』(14年)と、オリジナル脚本・監督で作品を発表。撮影後、同名小説を上梓した。企画から10年かけた『繕い裁つ人』(15年)は、第16回全州国際映画祭で上映され、韓国、台湾でも公開。その後、『少女』(16年)を手掛け、最新作『幼な子われらに生まれ』(17年)は第41回モントリオール世界映画祭で最高賞に次ぐ審査員特別大賞に加え、第41回山路ふみ子賞作品賞、第42回報知映画賞では監督賞を受賞し、好評を博した。ドラマでは、桜木紫乃原作の『硝子の葦』(WOWOW)を監督。