CREATOR クリエイティブなヒト
あまのさくやの「彫る」×「掘る」インタビュー|イラストレーター Andrew Joyceさん《後編》
こんにちは。絵はんこ作家のあまのさくやです。
さて、東京でイラストレーターとして活躍するアンドリュー・ジョイスさんのインタビュー、後編に入る前に…ちょっとした余談。
私とアンドリューさんが初めて出会ったのは、東京の上井草にある「SLOPE」というコーヒースタンドでした。数年前にここで私がはんこのワークショップをしていたときに、アンドリューさんが参加してくださったのです。私はアンドリューさんの「hanko sensei(はんこ先生)」でした。アンドリューさんの作品はシンプルできっぱりした線だからこそ、素晴らしいはんこになるのです。
※今回の記事の挿画は、すべてアンドリュー・ジョイスさんによるものです。
さて、日本でイラストレーターとして活躍するアンドリューさんも、続けて行く中でさまざまな悩みに直面します。さて、今のアンドリューさんは、どのように仕事と向き合っているのでしょうか?
東京の街が、レゴやミニチュアの集合体に見えた
ー日本で活動しはじめてからは、どのようなイラストを描いていましたか?
日本にきたときに、まず、スペースが少ないことに驚きました。例えば電車の中で街を見下ろしたときに…とにかく小さいスペースにぎっしりと色々なものが詰まっていると感じて。僕は比較的郊外で育ったから、とにかく東京の密集具合に驚いて、まずその形がすごく面白いと思いました。まるでレゴみたいで。それだけ東京の街の「形」は僕にとって魅力的で描きたくなって、地図や、街の景観をたくさん描いていたんです。
—それが仕事にもつながっていったんですね。
景観や建物をとにかく描き続けて、いざ大学を卒業してから、どうやって仕事にできるか?を考えたときに、他の人のアドバイスもあって「地図を描けばいいんだ!」と思って。地図を必要とする人はたくさんいるから、きっと仕事にも困らないだろうと考えて、そこから徐々に仕事が増えていきました。
ー仕事で描いているうちに、イラストへの変化はあった?
ここ数年はありがたいことにたくさん仕事をいただいて、地図や街の景観などを中心に、仕事のために描き続けて、充実もしていたのだけど…。あるとき気がついたら、普段自分が何気なく描いたスケッチブックの絵と、仕事で頼まれて描いた絵の雰囲気がかなり違っていたんです。それは少なからずショックでもあって、改めて自分がどういうものを描きたいか考え直してみました。自分の描くものの好みや対象への興味が、時が経つにつれて少しずつ移っていたんです。
ー描くものの興味はどのように移っていったのですか?
以前は紙とペンを主に使って描いていたものを、この数年でiPad PROでデジタル上で描くようになったけれど、今も昔もずっと手描きには変わりないんです。ただ、なにか対象をみるときに、見たままをリアルに描くというよりは、観察する中でシンプルな形を探すようになってきました。必要以上に線を足さずに、2本のシンプルな線で完成、とか。そういう表現に興味が移ってきたんです。
とにかく描いてから着地点をつくる
ー図形的な表現を好むようになってきたんですね。他にも変化は?
プロジェクトへの取り組み方も変わってきました。以前は、何かを始める時、いつも完成形を見据えてから作り始めることが多くて。AからZの「Z」を見据えて「A」を始めるイメージ。だけど最近は、何かを見てとにかくまず描くことにしました。まずAを描いて、それからB。それからCを描いていって…と、その先に何を作るかということを決めずにとにかく描く。それがたまったら本にしてもポスターにしてもいい。一見無計画で、アート寄りな発想にみえるかもしれないけど、そういう転換は面白いんじゃないかと思ったんです。
そして、図形的な表現にうつったことで、自分のスタイルが確立できてきた。以前は、例えば「車」をテーマに描くことを依頼されて、さて、どんなシーンを描こうか…とフリースタイルで一から考えていたから、これでいいのだろうかと不安になることもありました。でも今はまず、手描きで方眼ノートに絵を描く。まず落ち着いて、描くことを楽しむ。そしてそのドローイングをもとに、何を作れるか、クライアントと一緒に考えることができるようになったんです。
ー大きな変化ですね。新しいやり方は、すぐに受け入れられましたか?
もちろん以前のタッチややり方を好む人もいるし、代理店経由で仕事もしている以上、勝手に全てを変えることはできないから、2年前くらいから徐々に転換し始めたんだ。イラストレーターやクリエイティブな仕事をしている人は、自分の興味のある分野へと転換していけることが面白いと思うんです。通常の仕事だったら、飽きても数十年とやり続けないといけないこともあるけれど、僕らは変えることができる。変化は恐れていたら、同じことの繰り返しの中から抜けられなくなってしまうと思う。
自分のいきたい方向に向かって進むことにした
ー自分の中でも転換が必要だったんですね。
実は、1年ほど前に父を病気で亡くしました。今振り返ると、それが、自分の方向転換を一気に進めるきっかけになったと思います。父のことと関係なく変化は始まっていたけれど、イギリスで父の死に立ち会って、仕事に復帰してからは、とにかく自分の行きたい方向に向かってまっすぐ進むことにしました。自分のサイトからは以前の作品を削除して、代理店にもそうするように頼んで。以前と現在ではテイストも変わるし、今までのクライアントを失うリスクもあったけれど、周囲も説得して今の方向性にシフトしました。
―少し大胆に転換することにしたのですね。今は、気持ちに変化はありましたか?
実際失ったものもありましたし、この1年の変化で収入も少し減ったけれど、今の自分のやり方にはすごく満足しています。いい車は買えないかもしれないけれど、本当にそれを欲しいのかと言われるとそうでもないし。レストランで美味しいものを食べたり、コーヒーを飲んだり…日常に1つ2つそういう幸せがあればいいんだと思うようになりました。
ずっと変えたかったことを変えることができて、今とても幸せです。今のやり方に変えてから、仕事でも、クライアントから話を聞いて、とにかく描いたものから何かを作って行くようになりました。それが広告になり、CM になり、3Dのものにもなりえる。とても自由で、いろいろな可能性を膨らませられるのが楽しいんです。今までのやり方は、自分で自分にストレスをかけてきたんだなと思いました。
「東京」をテーマに描く「The Tokyoiter」
ーアンドリューさんは日本でも、様々なプロジェクトを立ち上げていますね。
僕が他のイラストレーターと協同で立ち上げたプロジェクトの中に、「The Tokyoiter」があります。これは、アメリカの「The New Yorker」やフランスの「The Parisianer」という素晴らしい雑誌への敬意を込めて、その東京版をイメージした表紙絵を、日本在住や住んでいた経験のあるイラストレーターに「東京」をテーマにイラストを描いてもらうというプロジェクト。日本人も外国人も混じって参加してもらっています。東京やパリでも何度か展示を開催しているんだ。もし「東京」にまつわる作品を作っている人がいたら、ぜひ僕に見せてもらいたいな。問い合わせは日本語でも受け付けています。

東京のイラストレーターが集まる「ミートアップ」
都内各地のカフェやスペースで、月に1回ほど、東京で働くイラストレーターが集まる会、「TOKYO ILLUSTRATORS MEETUP」を実施しています。参加者は外国人が多いから英語が会話の中心になるけれど、日本人も歓迎です!あまりテーマを設けずに、イラストレーターとして東京で働く経験を共有したり、ただ雑談したり、時には議論をしたりします。自分の作品やスケッチブックを持参してもらうのも大歓迎だし、手ぶらで来てもらってもかまわない。英語に自信がない人は、作品を見せてもらうのが一番コミュニケーションを取りやすいかもしれないですね。開催時は僕のインスタグラムで告知しています。
ー今後はどのようにして活動していきたいですか?
今まではいろいろな街に出向いてカフェなどで仕事をしていたけれど、昨年から西荻窪のシェアオフィスを借りはじめました。今は、仕事のやり方と同じで、自然の流れに従って、自分で目標地点を決めないままにとにかく作って、これがアニメや本になるかも、展示になるかもしれない。そんな風に、来るかもしれないものを自然に待つような、実験的な気持ちでいたいと思っています。
物腰柔らかで、落ち着いた話し方が心地よいアンドリューさん。偶然の流れで日本に漂着して、イラストレーターとして仕事をするまでの流れと、自分の中の大きな「変化」。これもきっと、アンドリューさんの旅の道のりの一つなのでしょう。
今後も、「あまのさくやの「彫る」×「掘る」インタビュー」では、日本在住の外国人クリエイターさんにインタビューをしていきます。
この人に話を聞いてみたら?という情報がある方はあまのさくやまでお知らせください!

Andrew Joyce(アンドリュー ジョイス)
1983年ウェールズ生まれ、日本在住のイラストレーター。日本やイギリスを始め各国にわたるイラストレーションの仕事をする傍ら、”The Tokyoiter”、”TOKYO ILLUSTRATORS MEETUP”などを主宰する。
http://www.doodlesandstuff.com/

聞き手:あまのさくや
「はんこと言葉で物語をつづる」をモットーに、「さくはんじょ」という屋号ではんこ・版画作品を制作し、インタビューをはじめとする執筆業も行う。チェコ親善アンバサダーとしても活動中。
6月17日から23日まで、恵比寿・Gallery&Shop山小屋にて、書店をコンセプトとした個展「小書店」を行う。
http://amanosakuya.com/
※プロフィールはんこ制作:あまのさくや