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あまのさくやの「彫る」×「掘る」インタビュー|チェコで活動するイラストレーター松本沙希さん《前編》

あまのさくやの「彫る」×「掘る」インタビュー|チェコで活動するイラストレーター松本沙希さん《前編》

こんにちは。あまのさくやです。
私は、「はんこと言葉で物語をつづる」をコンセプトに、絵はんこ作家・エッセイストとして活動しています。

かねてより、日本で活動する外国人クリエイターに話を聞く<『彫る』✖️『掘る』インタビュー>を不定期で連載してきたのですが、今回はその特別編をお送りします。

何が特別かと言いますと…。実は私は、チェコ共和国という国に長年恋い焦がれていまして。そんな「好き!」が高じて、チェコ政府観光局さんより「チェコ親善アンバサダー」に任命いただきました。そして昨年、念願のチェコ取材!へ。
そこで今回は趣向を変えて、チェコで活動する日本人のクリエイターさんにお話を聞いてまいりました!

現在チェコの首都・プラハで暮らすイラストレーターの松本沙希さん

2イラストレーター松本沙希

イラストレーター松本沙希

プラハ工芸美術大学への留学をきっかけにプラハへ移住し、現在はプラハを拠点に、日本やその他の国のイラストレーションの仕事をしたり、ヨーロッパ各地での展覧会や、出版、ブックフェアに参加するなど、積極的に活動をされています。累計五年弱、チェコに暮らす松本さんが留学に至るまでの経緯と、留学中の苦労、そしてどのように現地で人脈を広げて活動しているのかをじっくり聞いてみましょう。

前半は主に、チェコへの留学にいたるまでの話と、チェコに滞在して制作をするということについて伺います。

農業大学からデザインの道への転向

―まず簡単に経歴をお願いします。
東京農業大学の農学部畜産科を卒業しています。ヨーグルト菌の研究をしていました。

―えっ、いきなり聞き捨てならない経歴ですね(笑)。そこからなぜイラストレーターへ?
農大にいたときに就職活動をしたのですが、周囲にならって食品系の会社を受けても全然受からなくて。就活セミナーを受ける中で、はじめて広告代理店の存在を知りました。そこから興味を持って途中から広告代理店や出版社のデザイナー職を受け始めて、書類審査は通りましたが、美術系の学科卒でないこともあり、面接は通りませんでした。

―突然の転向でしたね…!
結局そのときは就職せず、農大を卒業してからデザインの専門学校である『桑沢デザイン研究所』に入り、昼間はデザイン事務所でバイト、夕方から学校に行きました。桑沢デザイン研究所卒業後はデザイン事務所に勤務し、月刊誌を主に担当していました。
そのデザイン事務所の紹介がきっかけとなって『シブヤ大学』というNPO法人でボランティア活動にも参加するようになり、出会いが広がって行きましたね。様々なクリエイターと知り合い、海外からの留学生をサポートする会に参加したことから、海外に興味を持つようにもなり、自分でも何か新しいことをしたくなってきたのです。

―働きながら留学の準備をしたのですね。
働きながら英語塾に週に2回、3時間通って。それと毎朝2時間勉強しました。会社にも無理を言って融通を利かせてもらっていました。一年後に会社をやめて、はじめにイギリスの芸術大学に行きました。

―意思の勝利ですね…!イギリスの芸術大学では何を勉強したのですか?
一年間のコミュニケーションデザイン学科大学院準備コースで、最初のセメスター(学期)の3か月間学びました。私はそのとき英語があまりできなかったのと、ロンドンにいると見たいものがありすぎて、残念ながらあまり授業に集中できず…(苦笑)。それでも、学内のパッケージデザインのコンペでは入賞もしました。

留学先を探しているうちに検索でたどり着いた「チェコ」

―そこから、どんな流れでチェコへ?
イギリスでコースを修了した後、ビザの関係もあって一度日本に帰国して、改めて留学準備に取り掛かりました。色々な大学をリサーチしながら英語の勉強も。毎日図書館で勉強したり、スカイプ英会話をしたり、イギリス留学専門の塾に通ったり。イギリスの他の候補を探しても、各国で自分の入りたい大学はそれぞれ、英語力が足りない、学費が高い、現地語が話せないとだめ…などの理由で断念。その流れでチェコを調べていたときに、検索でたまたま引っかかったのがプラハ工芸美術大学(UMPRUM)でした。

プラハ
UMPRUMはプラハの中心地にある。大学の窓からは、雪のプラハ城が見えた

―留学先のリサーチは大変そうですね。何を基準にみていましたか?
本当は、好きな教授がいる大学に行けるといいと思うのですが、大学選びの段階ではなかなかわからないですね。私は、「国」が好きだったらやって行ける気がします。

―チェコという国はもともと好きだったんですか?
学生時代にチェコアニメに興味を持って、とくにブジェチスラフ・ポヤル監督の作品をよく見ていてましたね。デザイン会社で働いているときにはじめてチェコへ旅行しました。

―もともと好きではあったプラハの大学を受験したんですね。
プラハ工芸美術大学は『ビジュアルアート』という英語話者のための学部を受験しました。受験は、アトリエ(学科)の教授が受け入れるかどうかで決まっています。チェコと日本の協定で、対象とする大学へ進学する学生の中から年間四人が大使館からの奨学金がもらえるのですが、それに選ばれたことも大きかったですね。

プラハ工芸美術大学

ー大学に入ってからはどうでしたか?
イラストレーション科の教授は外国人に厳しい面もあり、展示の搬入時に、「もう帰っていい」といわれたこともありました。素直に帰っても問題はないのですが、私は、なんとか『チェコ人の輪』に受け入れてもらいたいという気持ちが強かったので、残りました。
アジア人学生は特に従順で、やることを聞き、教授のアドバイスを聞きすぎる傾向があります。実際は、仕事は自分で見つけなけれえばいけないし、大事なのは全体の中でどうパフォーマンスすると効率が良いかを考えること。そして作品は、自分の納得するために作るものだ、と思い知りました。

いい作品を作っていれば受け入れられる

―自分からこうしようって決めて動かないとどうしようもない?
結局作品が良かったらみんな気に入ってくれるとは思います。活動すべてに参加しなくても、いい作品を作っていれば、それはそれでいい気がしますね。私は何とかして馴染まなきゃという思いがあったんですが、今思えばそこにストレスを感じる必要はなかったかなと。でもだからこそ今のつながりがあるとは思います。

プラハ工芸美術大学

―留学当初は馴染めないというストレスがあったんですか?
鬱っぽくなることもありました。集団で旅行に行っても、みんながチェコ語を話す中で一人だけ外国人、というのも…。数年経ったいまでも、疎外感が拭えないときはあります。それでも、すごくよくしてくれる友達がいたり。いいつながりで救われていました。

―日本に帰りたいとは思わなかったんですか?
あんまり思わなかったなぁ…何も思わなかったです(笑)。ただ存在して仕事をしていた、という感じというか…。今思うと、もう少し自由に制作してもよかったかもしれないとは思います。

―ただ存在して仕事してた、って不思議な感覚ですね…!授業はどのように?
私の受けたコースでは、自分でテーマ決めずに、教授から課題が出されました。課題に対してどうアプローチするかをみんなで相談して取り組みます。

―どういう課題ですか?
たとえば、「みんなでプラハのイラストルポを描いて本をつくる」という課題がありました。イラストルポも、それぞれが一つテーマを自分の中で決めて描きます。あるひとは、オープンサンドの美味しいお店に毎日通って描くとか。パブに通ったり、自分の好きな通りとか、自宅の庭を描いた人もいました。

プラハ

ほかにも、毎週、新聞のような『通信』をつくる課題もありました。編集担当を決めて、表紙は誰が描いて、裏のコミックは誰が描いて、プロジェクトを進行する人が取り仕切って印刷する。イラストレーション科の課題でも、イラストも描くしタイポグラフィもやるし、印刷も製本も、総合的に実践するのです。

―印刷や製本も自分たちで?
この大学では、リトグラフ、活版、製本などそれぞれの工房にテクニシャンがいて、生徒は教わりつつ、指示をして仕上げてもらったり、最終的には自分で作業したり。だから工房のテクニシャンのスケジュールを抑えないといけないのですが、どうしても展覧会の前や課題の時期によっては生徒が集中してしまう。するとテクニシャンが怒る。でもテクニシャンは絶対に休憩時間も帰る時間も変えないのと、昼間にお酒飲んでるので…。

―昼休みに!?ビールの個人消費量が世界一のチェコらしい話…!(笑)
午後になると作業の精度が下がる人もいたりして(苦笑)。

―チェコで制作をしていくうちに、作品に変化はありましたか?
学校での制作は、わりと自分の作りたいものというよりはそのプロジェクトに対してどう動けるかみたいなことを考えていたかなと思います。
そこから自分で制作をする際には、今まで何に影響されていて何に興味があるのか、自然と醸し出されるものは何なのかなど自分を客観的に掘り下げて、少しずつテーマを見つけていきました。グラフィックを作る際も、あらかじめ色をプランニングするとか、色数を絞るとか、版画的な考えをするようになって、技術的な面でも大きな変化がありましたね。工房で長時間作業することもあったので、そこで他の学科含め、学内の知り合いが増えていきました。

200406amano_07


農業大学卒業とは信じられないほどに、大きな転向を遂げ、今プラハでイラストレーターとして活躍している松本沙希さん。一緒にプラハの街を歩くと、「Saki!」と知り合いにしょっちゅう呼び止められ、ハグを求められていて驚きました。

チェコへたどりついたのも、「偶然」や「縁」と呼ばざるを得ない。それでも苦手だった英語も必死に勉強し、大学で教授からの洗礼を浴びながらも食らいつき、いま、たくさんの友人に囲まれながらチェコにいる。着実に自分の居場所を固めてきた松本さんの足跡が街のそこかしこに見えるようでした。

インタビューの後半では、松本さんのイラストレーションやお仕事・活動について聞いて行きます。

saki matsumoto

松本沙希
東京、プラハを拠点に活動するイラストレーター・グラフィックデザイナー。東京農業大学、桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン卒。MJイラストレーション修了。プラハ工芸美術大学(UMPRUM)イラストレーショングラフィック科修士課程を修了。
チェコを中心にヨーロッパ各地での展覧会やコマーシャルの仕事、出版、ブックフェア参加などの活動をして合計5年チェコに滞在。主な手法はデジタル、リソグラフ、水彩やモノクロペン画。
チェコでの生活についてはnoteで発信中。現在、チェコのシュンペルクという町で、4月16日まで個展を開催している。

instagram:https://www.instagram.com/sakikki.2/
note:https://note.com/saki220
WEB:https://tis-home.com/Matsumoto-Saki/

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聞き手:あまのさくや
「はんこと言葉で物語をつづる」をモットーに、「さくはんじょ」という屋号ではんこ・版画作品を制作し、インタビュー・エッセイをはじめとする執筆業も行う。チェコ親善アンバサダーとしても活動。現在、チェコ旅行記本を鋭意製作中。制作のようすはnoteで連載しています。
note:https://note.com/sukimajikan
WEB:http://amanosakuya.com/

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