DESIGN クリエイティブなモノ・コト
けんちく目線で見てみよう!「谷村美術館」
こんにちは!タナカユウキです。
今回はとある美術館について、けんちく目線でご紹介します。
建築というと、むつかしい顔をしながら腕を組んで考える、そんな分野に捉えられがち。
建築がもっと身近に感じられるよう「建築」ではなく「けんちく」のような柔らかい部分をお伝えできればと思います。
そして、けんちく目線での紹介を通して、素敵な建物との出会いや新たな発見につながれば嬉しいです。
村野藤吾という建築家
新潟県は糸魚川市、最寄りの駅から少し離れた静かな場所に「谷村美術館」という美術館があります。
かつて、93歳で亡くなるその前日も鉛筆を握り、仕事に携わっていたといわれる村野藤吾(むらのとうご)という建築家がいました。
生前、様々な国や土地に足を運び、国外からも知見を得ながら多くの名作建築を残した村野藤吾。
言葉では表しきれない魅力を放つ建築たちは、時の流れをその体に記録しながら、今もなお日本各地で愛されています。
この「谷村美術館」は、村野藤吾が92歳のときに手掛けました。
そして、その完成を見届けた1年後、同氏はこの世を去りました。
建築家・村野藤吾にとって最晩年のこの建築は、長年、設計に携わることで培われた同氏の英智にあふれる美術館でした。
美術館への回廊
美術館をとり囲む環境は、シルクロードの中にある砂漠をイメージして設計されました。
敷地のなかへ一歩足を踏み入れると、奥の美術館へと続く回廊があります。
白い石を敷き詰めた前庭を眺めながら、その先に通ずる美術館へと向かう。
この回廊を歩く時間は、自然と呼吸を落ち着かせ、心に静けさをもたらしてくれます。
回廊を歩いたその先には、いよいよ美術館。
砂漠にぽつんと佇む遺跡のようなこの建物は、一見すると岩を思わせる荒々しさが印象的です。
そして、なんだか生き物のようにも感じられる建物の曲線。
この曲線は、村野藤吾本人が職人さんに指示を出しながら、微妙な調整を何度も行い形づくられました。
建物と地面が接する部分。
まるで樹木が、地面から生えているかのようなデザインになっています。
このようなデザインが、力強い岩のイメージだけでなく、生き物のような温かさを感じさせてくれます。
美術館の館内へ。
「谷村美術館」は、彫刻家・澤田政廣による仏像彫刻を展示するために設計されました。
展示される仏像は建物の設計前から決まっており、それらの仏像と空間がいかに寄り添うことができるかを考え抜かれたこの美術館。
けんちく目線で眺めてみると、作品と人が出会い、そして互いに向き合う時間が素晴らしいものになるようにという建築家の想いと知恵が、そこにはありました。
作品に導かれるように
外観のイメージとは打って変わって、心地よい光のそそぐ館内。
この先には10体の作品が展示されています。
この美術館には、最初に出会う作品までの道しるべを除いて、順路を伝える案内がありません。
まるで魔法のような仕掛けによって、次に向かうべき作品に導かれながら展示室を巡ることができる。
そんな美術館になっています。
館内は、なめらかな曲線の壁で構成されています。
まるで波を打つような白い壁は、自然光と控えめに設けられた照明によってクリーム色になっています。
展示室に設けられた窓。
展示されている作品に直接、自然光が当たって傷むことがないように配慮されており、やわらかな光が展示室を照らしています。
館内の壁の表面。
ここに展示されている木彫りの仏像たちは、じっくりと魂を込めて彫られた跡がわずかに残っています。
その細かく刻まれた跡には、人の肌を思わせるような質感が宿っています。
そんな木彫りの仏像たちと馴染むようにという想いのもと、館内の壁には、まるで木を彫ったような仕上げがなされています。
仏像と建物が一体となったような感じを抱く理由には、このような工夫が隠されていました。
いくつかの半円形の部屋で構成されたこの美術館では、一部屋ごとに、作品が展示されています。
ひとつの部屋で作品と向き合い、次の部屋へ向かうために体の方向を変える。
そうすると、次の部屋に展示されている作品が、自然と視界に入ってきます。
この出来事が繰り返されることにより、まるで作品に導かれるように館内を巡ることができます。
この先に出会うべき作品に導かれていく体験の連続に、僕はたびたび息を呑みました。
目の前で、おもわず時を忘れて立ちすくんだ「曼珠沙華」。
静かに光る大理石の床には「曼珠沙華」の姿が映り込んでいます。
観る人が仏像の前に立ち、そして、もう少し近くで見ようと近づいたとき、床に映り込んだ仏像の影はそっと後ろへ下がります。
展示室内の照明の配置を調整することで、床に移った仏像の影を、足で踏んでしまうことが無いように配慮されています。
けんちく目線で眺めてみると、そこには展示された仏像を想う建築家の工夫がありました。
外に出ると、雪が降っていました。
建物には、それぞれに似合う天気があります。
今回の「谷村美術館」。僕は、日本でいちばん雪が似合う美術館だと思っています。
建物を見に出かけるとき、その建物と天気との組み合わせを考えてみる、というのもまた贅沢な見方なのかもしれません。
美術館の敷地内には、素敵な庭園を眺めながら休憩できるスペースがあります。
休憩棟から眺めることのできる「玉翠園」と名付けられたこの庭園は、雪化粧をした姿も素敵ですが、緑鮮やかな夏の姿もまた素晴らしいそうです。
ここでは、珈琲や「バタバタ茶」を頂くことができます。
新潟・富山の県境の地方発祥といわれ、お茶をたてるときにバタバタと音をたてることから名が付けられた「バタバタ茶」。
このお茶をゆっくり飲みながら庭園を眺めていると、とても静かな気持ちになるのでした。
休憩棟の一室では、この美術館の模型や図面、工事の際の写真などが保存されており、閲覧することができます。
作品が展示されている一部屋一部屋を具現化したこれらの模型は、図面だけではイメージしきれない部屋と作品、そして観る人との絶妙な距離感を検討するために用いられました。
建築家がつくるのは建物だけではありません。
建物を取りまく風景、そして、そこで過ごす人の思い出も設計します。
その場所を訪れた人の体験が素晴らしいものになるようにと、紙の上だけでは思い描けない部分を模型に託します。
当時、92歳。東京は品川の「新高輪プリンスホテル」の設計を手掛けていた村野藤吾。
それと並行するかたちでこの「谷村美術館」の依頼を受けたとき、友人へ宛てた手紙には次のことを綴っています。
九十歳を過ぎてこの上の仕事をやれるか、新高輪で私の仕事は終わり、あとは手にあうようなもので余生をと思っていたのですが、仕事となれば老若のことなど全く念頭にありません。鉛筆を持って一生を閉じることが出来れば、むしろ本望といった気持ちです。
〈参考文献〉村野敦子『ある日の村野藤吾―建築家の日記と知人への手紙』六耀社 2008年
「谷村美術館」が守り、伝えているのは、仏像彫刻の素晴らしさだけではない。
この美術館が、技術だけでは語り尽くすことができない不思議な魅力を感じさせるのは、死の直前まで現役であった一人の男の信念と生き様が、建物に宿っているからなのでした。
谷村美術館・玉翠園
住所:新潟県糸魚川市京ヶ峰2-1-13
受付時間:9:00〜16:00
※休館日など詳細は、美術館ウェブサイトをご確認ください
URL:http://www.gyokusuien.jp/
TEL:025-552-9277
※館内の写真撮影は事前許可が必要となりますので、ご注意ください。