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こんにちは!タナカユウキです。
今回はとある美術館について、けんちく目線でご紹介します。

建築というと、難しい顔をしながら腕を組んで考える、そんな分野に捉えられがち。
建築がもっと身近に感じられるよう「建築」ではなく「けんちく」のような柔らかい部分をお伝えできればと思います。

そして、けんちく目線での紹介を通して、素敵な建物との出会いや新たな発見につながれば嬉しいです。

神社の境内にたたずむ美術館

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神奈川県は鎌倉市、鶴岡八幡宮の境内におもむきのある白い建物が建っています。

1951年の当時、日本初の公立近代美術館として建てられた「神奈川県立近代美術館 鎌倉」。

ル・コルビュジエという建築家に師事していた坂倉準三により設計されたこの美術館は、鶴岡八幡宮の豊かな景観を楽しみながら過ごすことができ、時を経てもその空間の魅力が色あせることはありません。

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建物1階の部分は、壁を設けず柱のみで2階を支えるピロティといわれる空間になっています。

目の前には、鶴岡八幡宮の池が広がっています。
建物の身体にうつる水面のきらめきがとっても綺麗で、その光景にはっとさせられます。

柱のデザインも特徴的です。
池の水中から柱が立てられており、その柱を両側から石で挟み込む。
これによって、あたかも水面に置いた柱石から、柱が立っているような面白いデザインとしています。

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建物の中庭から、ふと外に目を向けたときに飛び込んでくる庭園の緑は、まるで展示されている絵画のように訪れたひとを楽しませてくれます。

ここまでご紹介した「神奈川県立近代美術館 鎌倉」は日本を代表する近代建築として多くのひとに愛されてきましたが、建物の老朽化などの諸事情から、2016年1月31日をもってその役目を終えました。

建物の一部は保存されるそうですが、美術館として一般公開されることはもうありません。

このたび、65年間の活動に幕をおろした「神奈川県立近代美術館 鎌倉」。

長い時間をかけて築き上げられたその歴史・意思は途絶えてしまうのでしょうか?

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さて、すこし場所が変わります。

神奈川県は葉山町。素晴らしい景観から別荘地としても愛されるこの場所には、海を目の前にして建つ、白く美しい美術館があります。

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「神奈川県立近代美術館 葉山」。

葉山の美しい自然と一体になるよう設計されたこの美術館は、先に紹介した「鎌倉館」では対応できない機能を補うため、2003年に建てられました。
なぜならば「鎌倉館」は神社の境内という立地上、建物を改築したりということが簡単にはできないためです。

そのようなきっかけで建てられた葉山館には「海」と「山」を感じられる工夫が詰まっており、そして、多くのお客さんが気持ちよく過ごすことのできる心配りがなされています。

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駐車場から建物へとつづく長いスロープ。

車椅子でいらっしゃったお客さんでも不自由なく建物に入っていくことができるように、ゆるやかなスロープが設けられています。

館内では展示スペースを全て1階に集めるなど、上下の移動をできるだけなくしたこの美術館では、高齢者や障がい者の方にとってもやさしい建物になっています。

建物を建てるための法律では、通路の幅や傾きなどが細かい数字で難しく決められています。

それが守られ、かたちになったとき、分け隔てなく多くのひとが安心して使うことのできる建物になるのでした。

自然の光を活かした館内

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美術館のエントランスホール。

建物の外観と同じく、白色を基調とした明るい空間になっています。

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上を見上げると、自然光を取り込むための天窓があります。

この美術館では、エントランスホールだけでなく、一部の展示室でも自然光が取り入れられています。

通常、場所により光が偏ってしまうことや、太陽の光によって作品が傷んでしまうことを避けるために、展示室に自然光を取り入れることは少ない。

この美術館の場合、天井裏の設備によって自然光を均一にし、そしてやさしく光を取り込むための設備が採用されています。

けんちく目線で眺めてみると、建物のなかでも自然を感じることができる工夫と技術が隠されていました。

「海」と「山」をつなぐ中庭

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この美術館は「展示室で構成された建物」と「レストランやミュージアムショップなどで構成された建物」に分かれています。

この2つの建物をつなぐのは葉山の自然を感じることができる中庭。

奥に見えるのは、建物北側にそびえる三ヶ岡山。
中庭からの景色をとおして、季節ごとの緑を楽しむことができます。

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そのまま身体の向きを変えると、一色海岸の海を見ることができます。

この中庭をとおる潮風を感じながら過ごす時間は、とても気持ちの良いものでした。

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中庭にかかる屋根。

2つの建物をつなぐこの屋根によって、雨降りのときも濡れることなく建物どうしを行き来することができます。

また、段差が全くないこの中庭は、車椅子でもスムーズに建物間を移動をすることができます。

けんちく目線で眺めてみると「海」と「山」をつなぐこの中庭には、「建物」と「ひと」をさりげなくつなげる工夫も隠されていました。

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海へ向かって建物が突き出す部分は、レストランになっています。

このレストランでは、広い海を眺めながら美味しい食事を楽しむことができます。

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ここで食べられるごろごろと牛肉が入ったビーフカレーがまた絶品です。

車を運転しない方は、葉山ビールと共にどうぞ!

建物を建てないことで確保された散策路

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(​写真右手の作品について:西雅秋 《大地の雌型より》 2003­ー2005年​)

建物周辺は、より一層自然を感じられるように散策路として整備されています。

本来もう少し大きく広い建物を建てられるところを、あえて建てないことで多くの緑を残しました。

周辺の美しい環境と建物が仲良くなるための心配りがそこにはあるのです。

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散策路には、一色海岸の美しい海を眺めることができる場所もあります。

お昼過ぎに美術館を訪れ、展示を堪能したのちにレストランでお腹を満たし、まわりを散策する。この美術館では、そんな贅沢な時間を過ごすことができます。

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神奈川県立近代美術館は、3つの施設で成り立っています。

海と山に囲まれた葉山館と、このたび閉館となった鎌倉館。

そして、今回ご紹介できませんでしたが、鎌倉館から歩いて5分ほどの場所にある鎌倉別館。

それぞれの建物で足りない機能を補いながら、3館でひとつの美術館として成り立つ「神奈川県立近代美術館」。

残念ながら閉館となった鎌倉館で展示されていた作品たちは、残りの2館で展示されることとなりました。

「鎌倉館で、長い時間をかけて築き上げられたその歴史・意思は途絶えてしまうのでしょうか?」

そんなことはありません。

1つの歴史ある建物がその活動に幕をおろしましたが、そこに息づいていた想いは場所を変えて必ず残るのです。

    神奈川県立近代美術館 葉山

    住所:神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1
    開館時間:午前9時30分~午後5時(入場は午後4時30分まで)
    休館日:月曜日(ただし祝日および振替休日の場合は開館)
        展示替期間(ただしレストランと駐車場は月曜を除き営業)
        年末年始(12月29日~1月3日)
    website:http://www.moma.pref.kanagawa.jp/