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こんにちは!タナカユウキです。
今回は、ひとの命に寄り添うとある建物について、けんちく目線でご紹介します。

建築というと、難しい顔をしながら腕を組んで考える、そんな分野に捉えられがち。
建築がもっと身近に感じられるよう「建築」ではなく「けんちく」のような柔らかい部分をお伝えできればと思います。

そして、けんちく目線での紹介を通して、素敵な建物との出会いや新たな発見につながれば嬉しいです。

風の丘という公園

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大分県は中津市、最寄駅から歩くとおよそ30分。繁華街からほど良く距離を置いたその場所に、「風の丘」と名付けられた公園があります。

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綺麗な芝生に覆われたその公園には、木々や草花が生育しており、季節の移ろいを感じることができます。
ゆったりと広い敷地は、風が気持ちよく通り抜け、その名のとおり「風の丘」であるということを体感できます。

この場所には、ひとの命に寄り添うふたつの施設があります。

かつての豪族が眠る、相原山首遺跡

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かつてこの土地で大きな権力を持っていた豪族がいました。その豪族を埋葬したといわれる古墳群を見学することができる「相原山首遺跡」。
風の丘の公園内にある遺跡として、いつでも訪れることができます。

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ここでは、位の高い者の遺体をそのまま埋葬するための古墳と、火葬してそのお骨を埋葬する火葬墓の両方を見ることができます。
亡くなった者との別れ方、その移り変わりを読み解くことができるこの遺跡は、とても貴重な遺跡であることから大分県の指定史跡となりました。
この「相原山首遺跡」は、もうひとつの建物を建てるため、この公園を整備したときに偶然発見されました。

ひとの命に寄り添う場所、風の丘葬斎場

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風の丘にある、ふたつめの施設が今回ご紹介する「風の丘葬斎場」です。
建物は、訪れた人々が集まる待合棟、火葬炉や告別室のある火葬棟、葬儀を行う斎場棟の3棟で構成されています。

建物の設計は、建築家・槇文彦。
東京では、代官山ヒルサイドテラス一帯の設計を手がけ、今日の代官山の街並みを形作った人物です。

そんな同氏の手がけた「風の丘葬斎場」は、使われる素材へのこだわりや、その姿を周囲の景観と馴染ませることで、建物としての存在感をやわらげています。
公園と遺跡を含むランドスケープのなかに、その建物がひっそりと共存するように建てられているのです。

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ランドスケープとは、単に周囲の「景観」としてだけでなく、そこにある自然や歴史、動植物や人間の営みを含めた幅広い意味をもっています。

今回の「風の丘葬斎場」。通常、亡くなった方とのお別れをするための葬斎場は、外の世界から少しばかり閉鎖された、重い空気をもつものになりがちです。

公園と一体となって計画されたこの建物は、たくさんの光を取り込み、外の自然環境とのつながりをもつことで、決して閉鎖的ではない明るくやさしい建物であることが感じられました。
そして、周辺の環境を含むランドスケープとして、そこに在るさまがとても美しい建物でした。

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敷地の入り口から少し進むと、落ち着いた色味のレンガが特徴の建物が見えてきます。

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建物正面には、屋根のしたに車を寄せて乗り降りができる、車寄せがあります。
このスペースがあることによって、雨の日もこの場所まで車を着けることができ、雨に濡れることなく建物に入ることができます。
風の丘葬斎場は、この場所を起点にして、待合棟・火葬棟・斎場棟の各棟へ迎えるようになっています。

空間のあたたかみが感じられる、待合棟

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車寄せから左側に進んで、「待合棟」に入ります。
コンクリートに加え、木の材料がふんだんに使われていることによって、あたたかみのある空間となっています。

あたたかみを感じられるのは、木のもつ雰囲気からだけではありません。

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建物の大半で使われているコンクリートにも秘密があります。

通常、コンクリートはすっきりとした灰色の顔をもっています。この建物で使われるコンクリートの表面には、木目の模様があらわれていて、コンクリート独特の冷たい感じがありません。

これは、コンクリートを流し込む型枠に、木目の模様がはっきりと出た杉の板を使うことによって、コンクリートの表面に木目の模様が写し取られるようにしています。

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待合棟の中心。
大きな窓で外の世界とつながり、自然光が注ぐ気持ちのよい空間となっています。

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大きな窓から見えるのは、風の丘。待合席から見える外の景色は、ここで過ごすひとに寄り添い、気持ちを落ち着かせてくれます。

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待合棟の真ん中には大きな階段があります。天井の窓から明るく照らされたこの階段は、床から僅かに浮いたデザインが特徴的です。

中庭からの光あふれる、火葬棟

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待合棟から火葬棟へ移動します。

この棟の中心には、たっぷりと面積を取られた中庭があります。
必要に応じて、水を張ることのできるこの中庭からは、たくさんの光が建物のなかへ差し込んでいます。

ここから右側に目をやると、火葬炉が見えます。

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中庭からの光によって、明るい空間となっています。
その用途上、暗く閉鎖的になりがちな場所ですが、ここではたくさんの光を取り込むことによって、暗くなりすぎないように調整されています。

ここで起きる出来事は悲しいことかもしれません。しかし、別れとは辛く悲しいものでありながら、目線を変えるとそれは新しい出会いへの始まりでもあります。そんな別の側面を静かに照らしてくれるかのような空間でした。

公園と建物との距離をまもる仕掛け

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斎場棟への通路には、このようなガラスの壁が設けられています。
適度にかすみがかったガラスの壁は、光を通しながらも視線を遮る役割を与えられています。

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風の丘にある遺跡は、一般の方がいつでも見学に訪れることができます。
そういった公園の見学者と、葬斎場を利用する遺族の方々との間にやわらかく境界線を設けるのがこのガラスの壁の役割です。

けんちく目線で眺めてみると、深い悲しみを伴いその施設に訪れる人々の気持ちを思いやる工夫がありました。

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そして、通路を進んだ先には、斎場棟があります。

今回は葬儀が執り行われていたので、外からけんちく目線で見てみます。

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斎場棟はこのような八角形の姿をしています。大きく傾いたその姿は、草原に佇むモニュメントのようです。

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その表面はレンガで仕上げられています。このレンガは、思い描いた建物の雰囲気を実現するため、イギリスから取り寄せられました。
建物の下部は、窓が切り取られていて、その前には水盤が設けられています。この水盤に反射した光が窓から建物の中へ入り、斎場をほのかに照らしてくれるのです。

右奥に見えるのは待合棟の一角ですが、ここでも面白い材料が使われています。

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一部が土に埋められたこちらの壁の表面は、コールテン鋼といわれる材料で仕上げられています。
この材料は、金属の表面に緻密なサビをまといます。そのサビがコーティングのように素材を守る働きをし、同時にサビの美しさを楽しむという素材です。

芝生のなかに佇むコールテン鋼の壁は、それ自体が彫刻作品のような雰囲気をつくりあげています。

けんちく目線で見てみると、ランドスケープと一体となった作品としての魅力の裏側には、独自の感性により選ばれた材料と建築家のこだわりがありました。

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葬斎場を設計するとき、「別れ」など悲しいことがテーマであるがゆえに、まわりの環境から少し一線を引き閉鎖されるように計画されることが少なくありません。

その反対に、まぶしいほどに煌びやかなデザインを取り入れること、それもひとつの答えです。

今回の「風の丘葬斎場」では、あたたかみを感じられるような材料や、建物の中にはたくさんの光と外の景色を届けるための工夫がありました。風の丘公園と一体となって計画され、ほど良く開かれたこの建物は、悲しみにそっと寄り添うようなやさしいものでした。

この建物を建てるとき、終えた命の還る場所として古来より使われてきた遺跡が偶然見つかったということ。この場所が、古くから命について考える場所であったことも、この建物が不思議な魅力をはなつ理由のひとつなのかもしれません。