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こんにちは!タナカユウキです。
今回は、とある小さな美術館について、けんちく目線でご紹介します。

建築というと、難しい顔をしながら腕を組んで考える、そんな分野に捉えられがち。
建築がもっと身近に感じられるよう「建築」ではなく「けんちく」のような柔らかい部分をお伝えできればと思います。

そして、けんちく目線での紹介を通して、素敵な建物との出会いや新たな発見につながれば嬉しいです。

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千葉県は長生郡に位置する山のなか、最寄駅である茂原駅からタクシーで30分ほどのその場所に、こぢんまりとした美術館があります。

まるで一軒家のような佇まいのその美術館は、週末にだけひっそりと開館しています。

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建物の入り口は、こちらの引き戸。
鉄の格子とガラスが組み合わさったその扉は、鉄についたサビがとても良い味を出しています。格子の後ろにひかえるガラスからは、建物の内をわずかに確認することができ、ここから先で起きる体験に胸がおどります。

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“as it is”

“あるがまま”という意味の名をもつ今回の美術館、そのオーナーは、東京都目白で古道具店を営まれている坂田和實さん。坂田さんのお店には、いろいろな国や時代の古道具が並べられており、詳細な説明のない古道具たちは、ひとつひとつが不思議な魅力をはなっています。

多くの場合、その魅力に気づかれることなく忘れられてしまう古道具に対し、用途に忠実であることの美しさを見出す。そんな審美眼をもつ坂田さんの美術館「as it is」。
そこに並べられた展示品や内部の空間には、訪れた人にそっと寄り添うような優しい空気が流れていました。

そして、その空気を抱く建物は、決して大きく主張することなく、自然素材がもつ”あるがまま”の美しさを教えてくれるものでした。

その場所の土でつくられた建物

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ゆっくりと刻まれた皺をもつ肌。それを思わせるような建物の外壁は、土で仕上げられています。

この土壁は、この建物のある土地を掘った土でできており、その背景には、“自然に対して謙虚な建物でなければならない”というオーナーの坂田和實さんと、建築家の想いがありました。

建物の設計を行なったのは、建築家・中村好文さん。住むひとの暮らしにそっと寄り添うような優しい住宅を多く手がける同氏の空間に対するこだわりやユーモアが、この美術館にはたくさんちりばめられていました。

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建物のなかは、外観の雰囲気がそのまま続くような落ち着いた空間になっています。

天井の窓から降り注ぐ陽の光が、空間を優しく照らしています。そこに並べられているのは、日常の生活や信仰のためにつくられた工芸品や、人から人の手に渡り愛されてきた日用品。

高価な芸術品ではなく、あるがままの佇まいが美しい道具たちが並べられたその様子からは、オーナーの坂田さんが営む古道具店に通じる思想が感じられます。

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中央の扉は、16世紀—17世紀のスペインで使用されていたもの。建物の工事中、この1枚の扉が坂田さんの手に渡り、ここで使われることになったそうです。

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スペイン史上、もっとも繁栄したとされる黄金世紀。当時を生きた人々が、この取っ手を握っていたと思うとなんだか胸が熱くなります。

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美術館は、1階と屋根裏部屋のように小さく用意された2階で構成されています。

2階に上がってみましょう。

階段の手すりは木でつくられています。微妙なカーブが丁寧につくられたこの手すりには、ネジのような金属のパーツが見られません。手すりの材料同士は木のパーツで継がれています。壁への固定についてはネジを使用していますが、そのネジの頭を隠すようにして、丸い木の蓋が被せられています。

握ったときの太さはちょうどよく、木で統一されたその見た目からは、触り心地にも抜かりないことがうかがえます。

手すりとは、ひとが建物と触れ合うとても大切な部分です。その触れ合いが気持ちの良いものであればあるほど、人と建物の距離はぐっと近くなるのです。
細かなところですが、けんちく目線で眺めてみると、そこには建築家の丁寧な心配りがありました。

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階段を上がった先にも、展示品が並べられています。ここでは屋根裏部屋にこっそりと忍び込んだときのような、わくわくする気持ちを感じることができます。

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建物内を照らす照明は、まるで宙に浮いた木材に付いているかのよう。

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2階からは、このように照明を見下ろすことができます。

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照明が付けられた木材は、ぴんと張ったワイヤーで壁から固定されていることが分かります。

できるだけ目立たない方法で照明を固定することで、2階からの眺めを遮るものが少なくなるようにという配慮がそこにはありました。

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1階に戻ってきました。奥の大きなガラス製の引き戸からは、外にある庭に出ることができます。

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庭の雰囲気も素晴らしいのですが、けんちく目線で眺めてみると特に魅力的なのは、庭に出るための戸にある「引き手」です。

戸を横に引くために手をかける引き手は、この建物のため特別につくられています。素材は木材でつくられており、引き手だけでなく鍵としての機能も兼ね備えています。

ここでは、建築家のこだわりが詰まった手仕事に触れることができるのでした。

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引き手の興奮をおさえて、外の庭に出てきました。

木漏れ日が気持ち良いこの庭では、山の自然に囲まれた最高のロケーションを満喫することができます。

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庭に置かれた鉄製の円卓は、長い時を経て錆びを重ね、独特の美しさが感じられます。それは、美術館で展示されているものたちが同様にもつ、朽ちていくことから生まれる美しさなのかもしれません。

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庭で過ごす贅沢な時間をゆっくり楽しんで、そろそろ帰る頃。

出入り口に隠された秘密

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建物の出入り口にも、ちょっとした秘密があります。秘密を握っているのは、この道具。

建築家・中村好文さんによって、この美術館のために特別に用意されました。

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出入り口である引き戸に設けられた柱。その柱には、なにやら怪しげな穴があります。

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この穴に対して、先ほどの道具をぶすりと差し込みます。

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そうすることで鉄の棒が、柱と2枚分の引き戸を貫通します。これにより、鍵の役割が発揮されるのです。

この鍵の仕掛けには、いつでもユーモアを忘れない建築家・中村好文さんの遊び心が隠されていました。

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美術館というと、大きな建物に立派な芸術作品たちが鎮座しているものが一般的です。

この山奥にある小さな一軒家のような美術館では、多くの人に愛され使われてきた日常の道具がその不思議な魅力を漂わせながら、ただ、そこにありました。

建築家・中村好文さんはご自身の著書で、次のことを語っています。

私の設計する住宅は建築家のコンセプトや主義主張をそのままかたちにした「作品」ではなく、そこに住まう市井の人々の暮らしを丸ごと放り込むことのできる「容器」です。
主役はあくまでも建物ではなく、そこに住む人たちであり、そこで営まれる暮らしです。

〈参考文献〉中村好文『普通の住宅、普通の別荘』TOTO出版 2010年

この地の自然に対して謙虚であるようにと設計されたこの建物は、素材本来の持ち味と、少しのユーモアをもって、主役である人を迎え入れます。

そして、この建物の主役は、人だけではありません。

多くの人の手を渡り、長い時を経て、この場所にたどり着いた道具たち。人々の暮らしのなかで愛されてきた”あるがまま”の姿が美しく思えるのは、それぞれの物語をもった道具たちと、その魅力をさらに引き立てるこの建物とが心地よい関係を築けているから。そんなことを感じさせてくれる美術館でした。

    museum as it is

    住所:千葉県長生郡長南町岩撫41
    開館日:金・土・日・祝日
    開館時間:10:30〜16:00
    web site:http://asitis.sakatakazumi.com