DESIGN クリエイティブなモノ・コト
けんちく目線で見てみよう!「とらや工房」
こんにちは!タナカユウキです。
今回は、自然の中に佇む素敵な工房について、けんちく目線でご紹介します。
建築というと、難しい顔をしながら腕を組んで考える、そんな分野に捉えられがち。
建築がもっと身近に感じられるよう「建築」ではなく「けんちく」のような柔らかい部分をお伝えできればと思います。
そして、けんちく目線での紹介を通して、素敵な建物との出会いや新たな発見につながれば嬉しいです。
創業から約5世紀もの歴史をもつ老舗「とらや」。
古くから和菓子の製造・販売を手がけるその企業は、「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」という理念のもと、丁寧に和菓子を作り続け、今もなお、多くの人に愛されています。
なかでも「羊かん」は、とらやが今でも大切につくり続ける和菓子のひとつ。その優しい甘さは、口にした人の心にそっと寄り添ってくれます。
そして、見た目の美しさから、少し特別な席でも重宝される羊かんが、芸術といえるほど美しいものに仕上げられたその背景には、時間をかけて培われた伝統の技があるのです。
そんなとらやのこだわりや歴史が感じられるのは、羊かんをはじめとした和菓子からだけではありません。それらを作り・販売を行う場所についても、こだわりが沢山詰まっています。
上質で格式高くも、なんだかほっとできる。そんな空間づくりの背景には、とらやの想いを「建築」という枠でかたち作っている1人の建築家がいました。
建築家・内藤廣さん。
東京では、とらやの東京ミッドタウン店などの設計を手がけ、とらやの空間づくりの中心を担う重要な人物です。
今回の舞台は、静岡県は御殿場市。最寄駅から少し歩いたその場所に、内藤廣さんの手がけた「とらや 御殿場店」があります。
目の前の道路から十分に距離を置かれたその建物は、まわりの喧騒から切り離された、特別な空間といえます。
とらやの直営店として、和菓子を販売するこのお店は、喫茶スペースも兼ね備えており、その場でとらやの和菓子を食べられることも魅力のひとつです。
建物の外壁には、一定のリズムで貼られた木の板。その雰囲気には、格式高さを感じつつも、なんだかあたたかみも感じられます。
同じ種類の木材を使っていながら、色味の違いが出ているのが特徴です。
ここで使われている木材は、木の幹の外側は淡い色をしていて、中心にいくほど赤みを帯びるという性質をもっています。
建物前面の屋根を支えるのは、細身の黒い柱。
よくよく見ると、特徴的なデザインが取り入れられています。
柱は、単なる丸い筒状ではなく、十字のかたちをしています。
そこには、主張しすぎないほどのデザインがこっそりと表現されていました。
店内の喫茶スペースは、目の前の大きな窓からたくさんの光が入り、気持ちの良い空間になっています。
外の庭は、樹木で道路としっかりと区切られていて、ここでの体験がより豊かなものになるようにという工夫がありました。
ここ「御殿場店」では、富士山をモデルにした羊かんを頂くことができます。
冠雪もしっかりと表現された富士山。その佇まいが美しいこの羊かんからは、とらやの和菓子に対する卓越した技術がみられます。
そして、その和菓子に対する純粋で丁寧な姿勢が感じられる場所が、この地にはもう1つあります。
先にご紹介した「御殿場店」から約30分歩いた先にあるのが、今回ご紹介する「とらや工房」です。
その入り口には、美しい竹林に囲まれた趣のある門が建っています。
一歩足を踏み入れると、竹林を分けて降り注ぐ光が心地よく、なんだか別世界に迷い込んだように感じられます。
建物までの道のりには、小川が流れ、ほどよく手入れされた自然に心が安らぎます。
広い敷地内には、東屋(あずまや)も併設されています。東屋とは、庭に設ける休憩スペースのことをいいます。
壁を設けることなく、柱と屋根だけで成り立ち、その中には腰掛けが設置されます。
そんな簡素なつくりで構成される東屋は、休憩しながら周囲の自然を楽しむことができる、もっともシンプルな建築として古くから取り入れられてきました。
敷地内に広がる庭の中心には、大きな池があります。そこでは、鯉が泳ぎ、池のほとりでは鳥たちが羽を休めています。
そんな池をゆったりと囲むようにして建つのが、今回ご紹介する「とらや工房」です。
こちらの建物も、建築家・内藤廣さんによって設計されました。
喫茶スペースと、売り場、厨房がひと続きに繋がったこの建物には、とらや工房の魅力がたっぷりと詰まっています。
建物は、回廊を通じて外の庭園と繋がり、気持ちのよい自然を感じながら、五感を使って和菓子を楽しむことができるのです。
建物の外壁は、木材で仕上げられており、周囲の自然と馴染むような、あたたかみのある雰囲気となっています。
回廊の屋根は、外の景色をできるだけ遮ることのないよう、細い柱で支えられています。
柱をよく見ると、十字のかたちをしています。この柱の形状についても、御殿場店と同じデザインが取り入れられています。
同じ御殿場市にある2つの建物。それら2つの建物には、ところどころで共通のデザインがみられます。
建物のなかに入りましょう。ここでは、和菓子を実際に購入することができます。
建物の外壁のデザインをそのまま引き継いだ、木製の壁が印象的です。
和菓子が売られているカウンターも、内藤廣さんによって設計されました。
お菓子が並ぶスペースに、お会計を行うスペース、そしてお茶を提供するスペースがまとめて設えられたカウンター。
それぞれのスペースが適度な距離感を保ちつつ、機能をまとめることで、お客さんを待たせることなく、お菓子とお茶を提供することができます。
そこから少し右に目をやると、ガラス越しに、ここで食べられる和菓子が作られているのを見ることができます。
実際の製造工程をみることで、これからいただくお菓子への期待もぐっと高まります。
喫茶スペースに入ると、建物の外からは想像できないほどの高い天井に驚きます。
建物自体は、景観に馴染むように、できるだけ低く設計されています。
そんな条件のもと、お客さんが長く滞在する場所については、開放感が生まれるようにといった心配りがありました。
喫茶スペースは、天気の良い日は、左右の窓が開放されていて、風が気持ちよく抜けてゆきます。
喫茶スペースに設けられたテラスでは、日の光を浴びながら、和菓子を頂くことができます。
テラスの奥には、芝生が盛り上がっているところがあります。これは、テラスと外部空間をゆるやかに分け隔てる役割をもっているのです。
大きな壁を立てるわけではなく、芝生の部分をぐぐっと盛り上げてテラスを囲み、自然なかたちでまわりの喧騒から切り離す工夫が、そこにはありました。
とらや工房は、作り手が和菓子屋本来の姿に直に向き合う場として生まれました。
大福やどら焼きなど、この場所でしか提供されていない和菓子を頂くことができます。
それら、どれも素朴なものばかり。それゆえに、ごまかしの利かない、そんな和菓子たちが「とらや工房」では作られています。
その理由は、ここで頂く和菓子がこんなにも美味しいのは、綺麗な水が使われていること。
そして、厨房が併設されていることにより、常にできたての和菓子を食べることができるからなのでした。
和菓子を頂いていると、雨が降ってきました。
雨が降ると、開放感のあった喫茶スペースは、このような折り戸で区画し、雨風からお客さんを守ることができるのです。
さて、そろそろ帰る頃。外の回廊に戻ってきました。
少し下を見ると、回廊の床のコンクリートには一定の間隔で線が入っています。この線は、コンクリートを守るための「目地」になります。
コンクリートは温度変化による膨張などが原因で、ひび割れが発生することがあります。そのひび割れが、コンクリート全体に起きないよう、一定の間隔で目地を入れます。
この目地を入れることによって、万が一のときは、目地の部分にひび割れが発生し、コンクリート全体がひび割れてしまうことを防ぐ役割を担っているのです。
この目地は、建物の窓の間隔と合わせられており、デザインの一部として取り入れられています。
けんちく目線で見てみると、構造上、設けざるをえない目地を、建物のデザインと調和させるための工夫がありました。
回廊の窓からは、厨房で和菓子が作られている様子を見学することができます。
「とらや工房」は、豊かな自然のなかに建つその環境から、和菓子がより美味しく・楽しく食べることができる素敵な場所でした。
そして、その美味しさの理由には、併設された厨房から提供される「できたて」を頂くことができるということもあります。
通常、工場などの建物は一般のお客さんに対して開かれることは、多くありません。
今回ご紹介した「とらや工房」は、豊かな自然のなかで一般のお客さんに開かれ、作り手である職人とお客さんの距離がいちばん近いかたちで実現されている。そんな素敵な建物なのでした。
とらや工房
住所:静岡県御殿場市東山1022-1
営業時間:■4月-9月 10時-18時 ■10月-3月 10時-17時
※喫茶メニューのラストオーダーは、営業終了時間の30分前頃。
定休日:毎週火曜日 (祝日の場合は翌日)、年末年始
※団体 (20名さま以上) でお越しの際は、事前にご予約をお願いいたします。
website: http://www.toraya-kobo.jp