DESIGN クリエイティブなモノ・コト
けんちく目線で見てみよう!「南小国町役場」
こんにちは!タナカユウキです。
熊本県に建つとある町役場について、けんちく目線でご紹介します。
また、今回はこの町で僕が感じたことを少しだけお話させてください。
建築というと、難しい顔をしながら腕を組んで考える、そんな分野に捉えられがち。
建築がもっと身近に感じられるよう「建築」ではなく「けんちく」のような柔らかい部分をお伝えできればと思います。
そして、けんちく目線での紹介を通して、素敵な建物との出会いや新たな発見につながれば嬉しいです。
熊本県は南小国町(みなみおぐにまち)。
熊本空港からバスに揺られて向かうその場所には、地元の産業を盛り上げ、この町の人たちが気持ちよく利用することができる。そんな町役場がありました。
ここを訪れた人たちが職員の方と楽しそうにお喋りをしているのが印象的でした。その理由は、この町の人たちの心が温かいから。そして、この場所で気持ちよく過ごすことができる建物としての魅力もあるからなのだと感じました。
今回はそんな「南小国町役場」について、けんちく目線でご紹介いたします。
その前に少し、この町についてお話をさせてください。
自然と文化が息づくまち、南小国町
阿蘇山のふもとに位置する南小国町は、豊かな緑や水資源を活かした農林業を中心に栄えました。
町の約8割を占める原野と山林の美しい風景、それを維持するための野焼きという伝統文化が、今もなお大切に守られています。
農山村の美しい景観や文化が息づく町村が名を連ねる「日本で最も美しい村連合」にも加盟しており、息を呑むような自然の風景に出会えることが、この町の魅力のひとつです。
地域一帯で支え合う黒川温泉郷
南小国町を語るうえで、黒川温泉を欠かすことはできません。
29軒の温泉旅館で成り立つ黒川温泉郷は、「各旅館が部屋、道路は廊下であり、黒川温泉郷がひとつの宿」という「黒川一旅館」の理念のもと、地域が一帯となって観光業を盛り上げています。
入湯手形を買うことで、黒川温泉観光旅館共同組合に加盟している旅館の温泉を3つまで回れる仕組みにより、宿泊した旅館以外の温泉も楽しむことができ、温泉通もうなるほどの良質な温泉を心ゆくまで堪能できるのです。
2016年4月、熊本県で大きな地震が発生しました。県内の至るところで被害を与え、ここ南小国町にも影響を及ぼした熊本地震。
幸いにも家屋への被害は、数軒に止まったそうです。しかし、この町には風評被害というかたちで震災の爪痕が残りました。
黒川温泉の旅館では、震災発生からゴールデンウィークまでの間に4万2千人分のキャンセルが発生し、その推定被害額は9億2千万円に上ると言われています。
今回僕はご縁があり、黒川温泉をはじめ南小国町にある観光地を訪れました。
黒川温泉では、一部の旅館が震災の影響を受けて閉鎖しているものの、ほとんどはすでに営業を再開しており、豊かな自然と良質な温泉を楽しむことができました。
そこには震災の影を感じさせないほどの人の笑顔と、元気を取り戻した町の姿がありました。
その背景には、復興に全力で取り組む町長や観光旅館共同組合の方など、町を支える人たちの情熱もありました。
美しい自然はもちろんのこと、そこに住む人たちの温かさが溢れる町。そんな南小国町の中心には、この町に住む人たちを影ながら支える町役場がありました。
さて、ここからは建物としても魅力的な「南小国町役場」について、けんちく目線でご紹介したいと思います。
川を見下ろす町役場
この地を流れる志賀瀬川。それを見下ろすようにして建っているのが、今回ご紹介する「南小国町役場」です。
その建物は、古い庁舎が建て替えられ2015年2月に生まれ変わりました。
旧庁舎が建てられたのは昭和40年代。時が経つにつれて厳しくなっていった耐震基準を満たすことが難しくなり、その結果として建て替えられたのです。
この町のことをいちばんに考えた建物
建て替えに伴い、地元の資源を活用することや高齢化社会への対応、そして、町の人にも開かれた建物であることが求められました。
それらの条件はしっかりと満たされ、この建物は生まれ変わったのです。
木で造られた屋根のかかる通路。その先にある入り口から、中へ入ってみましょう。
地元の産業を盛り上げるために
一歩足を踏み入れると、ふわっと感じられる木の香り。
建物にはこの土地で採れた小国杉という木材が、ふんだんに使われています。
南小国町で採れた資源を使って建物を建てる。そうすることで、単なる建て替えるだけではなく、この町の産業の活性化にもつながりました。
みんなに優しい町役場
ここを訪れた人が移動するための通路は広く確保されており、右手の窓からは沢山の光が差しています。
建物は2階のない平屋建て。建物内には階段はもちろん、小さな段差もできないように設計されています。お年寄りや車椅子の方を含めた全ての人にとって優しい、ユニバーサルデザインの考え方が取り入れられているのです。
気持ちよく過ごせる、大きな空間をつくるための工夫
上を見上げた先に広がっているのは、木で組み上げられた圧巻の光景。
建物の屋根を支える梁(はり)と呼ばれるこの部分も、木で造られています。
ながーい梁の端には、さらにそれを支えるための小さな梁が設けられています。
これにより建物の構造がさらに強くなり、より大きな空間をつくることができるのです。
木よりも強度のある鉄などの材料を使えば、より少ない部材で済みます。しかし、この建物は木材のみで造り上げるために、梁の構造にひと手間が加えられました。
そこには、この町で採れた木材を使うというという条件を守りながら、広々とした大空間を造るための知恵が隠されているのでした。
丸い柱にも、小国杉が使われています。よく見てみると、柱には縦に走る大きなひび割れが。意図的に設けるこのひび割れは「背割り」といいます。
木は、湿気や乾燥によって伸び縮みするという性質をもっています。その伸び縮みにより、木材のあらゆるところにひび割れが発生してしまうのが、気をつけないといけないところ。
そこであらかじめ背割りをして、敢えて一本のひび割れをつくっておく。これにより、木材の至るところにひび割れが発生してしまい、無残な姿になるのを防ぐという効果があります。
職員の方が仕事をされている執務スペース。大きく設けられた窓からは、外の景色を眺めることができます。
ここで働く方にとっても気持ちのよい空間が造られているのが、この建物の魅力です。
自然と景観、外部とのつながり
窓の外に広がるのは、大きなテラス。この場所からは、目の前に広がる志賀瀬川を眺めることができます。
用事がなくても町の人が訪れてくれる休憩スペースが欲しい。そんな想いのもと、このテラスは計画されました。
あたりを吹き抜ける風を感じることのできるこの場所は、町の人や職員の方がくつろぐことのできる素敵な空間でした。
テラスの一部には、なにやらガラス張りの空間が飛び出ています。
テラスに飛び出るこの空間は、打ち合わせスペース。ここでは、簡単な打ち合わせだけでなく、訪れた方の待合席としても使われているそうです。
この建物には職員の方だけでなく、訪れた方にとっても、外の景色を眺めながら時を過ごすことのできる空間があるのでした。
イベントにも使われる大きなホール
今までにご紹介した執務棟には、もうひとつの建物がつながっています。それが、この大会議室棟。
「きよらホール」と名付けられた空間をもつこの建物は、会議が行われるだけでなく、音楽ホールや展示スペースなどのイベントスペースとしても使われています。
並べられた椅子の正面には、大きなステージが用意されています。
今回は、古事記の物語をもとにした歌舞である「吉原神楽」をこの空間で見ることができました。
力強さが感じられる面を着け、きらびやかな衣装で舞い踊る演目を行うにも十分な広さを備えた素敵な空間でした。
高い天井に設けられた照明と天窓からはたっぷりと光が降り注ぎ、大きな空間でありながら均一な明るさが保たれています。
光だけではありません。
ホールの上部に設けられているのは、空調の空気を送る大きな管。この管からは力強く空調の空気を送り出され、大きな空間のなかで温度環境が偏ることがないように、影ながら仕事をしています。
きよらホールを構成する大きな梁。柱と梁が出会うこの部分には、金具が使われていません。
金具を使うことなく、木と木をつなぐ技術を用いることによって材料の種類をできるだけ少なくし、見た目の美しさを実現しています。
けんちく目線で見てみると、このホールの上部には、古くから伝わる木の接合技術が隠されているのでした。
最後にご紹介した「きよらホール」は震災時、避難所として町の人に寄り添ったそうです。
この地で50年ほどの時を重ねた旧庁舎。そして、現在の耐震基準に対応するために建て替えられ、再びこの場所で歴史を歩み始めた「南小国町役場」。
その建物は町役場として、南小国町をこれからもっと盛り上げていく人たちを影ながら支え、この町の人たちにとって身近な存在として今日もそこに建っています。
南小国町役場
住所:熊本県阿蘇郡南小国町大字赤馬場143
TEL:0967−42−1111
web site:http://www.town.minamioguni.kumamoto.jp