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日米のブックデザイナー巨匠 『チップ・キッドさん×祖父江慎さん』トークショーレポート
スヌーピーや『PEANUTS』、そして日米のブックデザインについて。
お2人の貴重な対談、ここに実現!
こんにちは、箱庭編集部です。
先月23日に東京六本木にオープンした「スヌーピーミュージアム」。
箱庭ではレポート記事として先日ご紹介しましたが、ご覧いただけましたでしょうか。
この「スヌーピーミュージアム」で夢のコラボレーションを果たしたのが日米のブックデザイナー巨匠と呼ばれるお2人。チップ・キッドさん(写真右)と祖父江慎さん(写真左)です。
チップ・キッドさんはアメリカを代表するブックデザイナー。『ジュラシック・パーク』や村上春樹作品の米国版デザインをはじめ、多彩なデザインで広く知られています。『PEANUTS』への造詣も深く、2冊目となる『PEANUTS』のビジュアルブック 日本語版『スヌーピーとチャールズ・M・シュルツの芸術』(DU BOOKS)もミュージアムの開館にあわせて発売されました。
一方、日本を代表するブックデザイナーといえば、このお方!祖父江慎さん。
『伝染るんです。』『GOGO MONSTER』などのブックデザインのほか、2013年の「スヌーピー展」など『PEANUTS』の関連本やグッズのデザインを手がけてきました。先日、発売された祖父江デザインのすべてが詰まった作品集「祖父江慎+コズフィッシュ」は内容も濃いですが、制作期間が11年ということでも話題になりましたね。
「スヌーピーミュージアム」では、全体のアートのディレクションを祖父江さんが手掛けており、ミュージアムオープン記念の展覧会「愛しのピーナッツ。」のデザインにチップ・キッドさんが参加しています。
「愛しのピーナッツ。」展のフライヤーやポスター、図録は、お2人で手掛けられたものです。そういった意味でも見逃せない展覧会です。
今日は、そんなお2人の競演を記念して、先日下北沢にある本屋 B&Bで開催されたチップ・キッドさんと祖父江さんの対談模様をお届けします。
シュルツさんという1人のアーティストが描いた『PEANUTS』という物語を伝えるために、2人が意識したこととは・・・?「スヌーピーミュージアム」をより一層楽しむことができる、今回の対談記事。必見です!
すべてはトリビュート本からはじまった。お2人と『PEANUTS』というお仕事との出会い。
チップ・キッドさん(以下、チ):こんばんわ、チップキッドです。僕はいつもニューヨークで仕事しているんですけど、東京も大好きで、今日は5回目の来日になります。
僕が初めて『PEANUTS』のお仕事に携わったのは、『PEANUTS』の作者であるチャールズ M. シュルツさんが亡くなってしばらくしたときでした。彼の仕事をまとめたトリビュート本をつくらないかという話があり、シュルツさんのご夫人であるジーン・シュルツさんとお会いしました。ジーンさんからは、スタジオに残っている資料をすべて自由に使っていいという許可をいただきまして。さらに、シュルツさんの2人の息子さんが個人的に保存していたシュルツさんの作品や創作物も見せてもらうことができ、それらを集約したのが15年前につくったこの本です。僕自身、子どものころから実際に新聞で『PEANUTS』のコミックを読んでいたんですが、そのほとんどの期間を網羅していると思います。
シュルツさんご本人にお会いすることはできなかったんですけど、こういったかたちで僕なりのトリビュート本がつくれたことはとても良かったと思っています。
(2001年に発売されたシュルツさんのトリビュート本『PEANUTS』)
そして、 3年ほど前からもう1冊、本をやろうじゃないかという話がでてきました。サンタローザにあるシュルツ美術館も開館から15年経ち、ドローイングや原画のアーカイブがきれいに整理された状態になったことで、いろいろ新しい取り組みもできるという話になりました。それが、今回スヌーピーミュージアムの開館にあわせて日本語版も発売した『スヌーピーとチャールズ・M・シュルツの芸術』(DU BOOKS)です。こちらは美術館活動がはじまってから集めることができたスケッチやドローイングを網羅しています。2つを足し合わせるとほぼすべての作品が網羅できているのではないでしょうか。
(先日発売された日本語版『スヌーピーとチャールズ・M・シュルツの芸術』)
このすべてが1950年から2000年までの50年間、シュルツさんという1人のアーティストが自分の手で描(書)いていたという事実が、非常に貴重なことだと思います。『PEANUTS』に描かれているのは、20世紀後半の一般的なアメリカ中流階級の人々の些細な日常です。これは、連続的なひとつの物語として、類を見ないものだなと思っています。
祖父江さんは、どうやって『PEANUTS』にかかわるようになったんでしょうか?
祖父江さん(以下、祖):僕は中学校の1年の頃、日本の鶴書房から出ていた『PEANUTS』シリーズを読んで英語を勉強しようとしたのがはじまりですかね。結局、今も英語は苦手ですが…(笑)。
(鶴書房から出版されていた『PEANUTS』シリーズ本)
祖:その後、サンデー版の『PEANUTS』本を出すという話が僕のところにきました。サンデー版というのは、フルカラーだったんですけど、当時僕のところにはモノクロのライン画しか送られてこなかったので、色がどのように塗られていたのか分からなかった。言われたのは「もとの色は分からないから、適当につけてくれ」ということ。『PEANUTS』で使用する基本的なカラーチャートを受け取って、それですべての画に色をつけ始めました。でも、勝手に色をつけてしまったので、これでいいのか気になってきて…。それで、オリジナルのカラーを知りたくなり、『PEANUTS』を集めました。それが、じゃーーん。これほんの、ほんの一部なんですけど。
(祖父江さんが収集した新聞の掲載紙『PEANUTS』。)
(祖父江さんがお気に入りの初期の白目があるルーシー。1952年の作品)
チ:これはどうやって入手されたんでしょうか。
祖:インターネットを使ってです。全部オリジナルで、年号別に分けています。どんどん大量になっていき、気が付くと、家中が『PEANUTS』!!
チ:笑。素晴らしい!!
祖:そして、チップさんの1冊目の本に、ハートアタック!特に、アイ ライク ”ワンアイズカット”!
(チップ・キッドさんの1冊目の本『PEANUTS』から、ワンアイズのチャーリー・ブラウンを見せてくれる祖父江さん。)
チ:この絵は、もともともう片方の目も点で打ってあったんだけど、印刷屋さんがゴミと間違えて消してしまったという裏話があります。
祖:チップさんのこの本をゲットしてから、どんどんはまっていってしまいました。チップさんの深くまで追求する姿勢に胸打たれました。ですので、最初のスヌーピーミュージアムのメイングラフィックは、ぜひチップさんにお願いしたいと提案したんです。
チ:僕はシュルツさんのご家族のおかげで、こうやって世界中で愛されていて、なおかつ非常に価値がある財産を僕に預けていただいて、本当にそれは感謝しかないです。今までみなさんが見てきたものですから、作品を再掲載するだけではなくて、それを違う方法で見られるようなかたちで世に出すということを心がけてデザインしました。
人間は複雑。『PEANUTS』が教えてくれたこと。
チ:僕は、日本のウルトラマンとかゴジラとか見るときは、自分の日常とはちょっと違うあっち側の世界でこんなすごいものをつくっているんだという気持ちで見ていました。『PEANUTS』で描かれているのはアメリカの生活なので、日本にいる祖父江さんはどんなふうに『PEANUTS』のコミックを見ていたんでしょうか?
祖:中学のときに海外のコミックとして『PEANUTS』を見て、すごく遠い国なのに、近い世界の話として見ていました。僕は、戦うものがそんなに好きではなくて、『PEANUTS』の平和で、悪者が出てこないところが、とても好きだったんです。
チ:でもちょっと挑戦的ですよね。いじわるな。
祖:だけど、誰かが死んじゃうことはない。フレンドリーな戦い!それがすごく良かった。
(チップさんお気に入りのコミック。この画は、チップさんがデザインしたトリビュート本『PEANUTS』では最後のページで使用し、三年前に祖父江さんが手がけた「スヌーピー展」の図録では表紙で使用している。)
チ:このコマは1950年代の初期のものなんですけど、僕はこれがすごく好きなんです。少し悲し気というか、最初のコマにも関わらず、いきなり「さよなら」ではじまるんですね。最後は結局、「おやすみなさい」と言って寝るだけなんですけど。シュルツさんの世界観を象徴しているような気がします。それぞれの作品にすごくハッピーであったり、または悲しかったりとか、いろんな相反する感情が入っている。
僕は小さい頃シュルツさんのコミックを読んで、それまで思いもよらなかったようなことを考えるようになったということがありました。大好きな友達だと思っていた人が、次の日になったら、大嫌いな人になる、とか。どうしてそういうことが起こるんだろうとか、そういったことを考えるきっかけになりました。人間は複雑だということをシュルツさんは描いていたんだと思います。あと、『PEANUTS』には、誰かが誰かをずっと想っていたり、恋い焦がれたりとか、思いが通じないという状況が常にあると思いますね。
原作の意図を変えずに、新鮮に見せる!「スヌーピーミュージアム」をめぐるデザインについて。
- チップさんはデザイナーですが、『PEANUTS』のお仕事では、自分で文章を書いたり、本の編集にも深くかかわっていますよね。それはデザインするということを、ただ単にレイアウトするということではなくて、ものを伝えるための表現として、いろいろな可能性を常に考えているからなんでしょうか?
チ:おっしゃるとおりです。最初の本のデザインを手がけたときから、グラフィックデザイン以外のことを多くやりました。僕は部分的に文章も書いていたので著者ではあるんだけど、どちらかというと共著のような感じですかね。まず、シュルツさんが受けたインタビューを全部聞いて、見て、読んで確認して、なるべく彼の言葉を直接引用するように心がけました。あくまでもシュルツさんが書いたことや言ったことを、私がどうプレゼンすれば一番いいのかということを考えてやりました。シュルツさんは何をやったか、何を書いているかというそのものを誠実に伝えることを中心に考えていたんです。
- 今回、祖父江さんは、宣伝物やカタログのデザインをチップさんから受け取ってどう思いましたか?
祖:僕は、チップさんの置き方、レイアウトの考え方がすごく新鮮で面白かったです。コミックってどうしてもみんな似ているコマ割になるんですけど、チップさんのデザインでは、高さがあがったり、下がったり、普通揃えようとするところが揃っていない感じが、見ていて飽きないですし、楽しくなる。図録の表紙も、コマのぎりぎりのところでブラックを置く。多くの人は、これをコマの端だとわからせるように空けたりとかするんですけど、比較的にストレートな考えでビシッと置いたりする。そういうところがとてもすごいと思います。
(「スヌーピーミュージアム」の図録について説明してくれるチップさん。)
チ:コミックというものがコマでつくられていることを、どう全体のデザインの構成で活かすかということを考えています。図録では、本という物体としての感覚を持ってもらえるようなデザインにしていますし、逆にフライヤーはもうちょっとこっち側に引き込まれるように、角を残していて線が見えるようにしています。同じ要素でも違う扱い方をしているのは、全体の構成を考えてやっています。
今回スヌーピーミュージアムのデザインに関わった部分で、一番足跡を残すことができたかなと気に入っている部分が、フライヤーの後ろ面です。これはもののスケールで遊ぶことができたお気に入りのデザインです。チャーリーブラウンが着ているシャツとロゴとスヌーピーの絵を組み合わせていて、非常に気に入っています。スヌーピーミュージアムの入り口のカウンターに施してあるデザインと一緒なんですが、僕はこれをすごくいいと思いました。正直なところ、65年経っている『PEANUTS』の創作物を、原作の意図を変えずに全然見たことのない新鮮な方法で見せるのは、すごく難しいんですね。でも、僕は原作がなんだったかということから、あまり離れないでプレゼンテーションしたいと思っているので、それがまさにできたなと思っているのがフライヤーの裏面です。
(フライヤー裏面)
ブックデザインのお仕事について
— お2人は普段ブックデザインのお仕事をされていますが、お2人とって本とは何ですか?
チ:個人的には、僕たちがこの世に存在したという証(記録)だと思っています。ひとつひとつの本がその人生の証であり、真実だと思っています。僕たちがいなくなった後も周りにある本はずっと残っていますからね。僕たちの物語、それぞれの人生を記録している本のことを僕は好きだし、本はすべてを記録しているものとして見てきました。
祖:僕は「不思議なおもちゃのようなもの」だと思っています。文字や絵がただ印刷してあるだけで、中身が見ている人に伝わるという謎の物体だなと思っています。
チ:ブックデザインをする際は、それぞれの物語の創作のプロセスも違うからこそ、原作を僕が再解釈していろんなかたちに表現するようにしています。僕にとって本というのは3次元的な物理的なもので、僕はいつも「物体として主張する本」をデザインするようにしています。
祖:チップさんのデザインを見ているとカバージャケットの外に出てくる面が大変強くアピールしていますね。そこから徐々にストーリーへと繋がるような印象を受けましたが、ジャケットの一番外側から考えていますか?
チ:僕は本のことを全く知らない人が「これ面白そうだなあ」と思ってこの本のことをもっとよく知りたいと思えるようなデザインにすることを意識しています。願わくば、実際カバーを手に取ってもらい表紙の意味が読むにつれてより深くわかってくるようになればいいなあと思っています。
祖:本のデザインを考えるときに本の中身はいつ設計しますか?
チ:僕はまずはカバーを先に考え、それがどうやって物語につながっていくかということを常に考えています。実は僕はカバーのみをデザインすることが多いので、本の中までデザインする機会は少ないです。残念なことにアメリカの出版社の仕組みとして、細かくセクションが分かれています。しかし村上さんの作品は特別で、中まで自分でデザインしたい本のひとつです。
祖:そうなんですね。僕の場合、ジャケットは最後につくります。一番最初に素材、文字の組み方やレイアウトを考え、最後にジャケットを考えます。その結果うまくいかないこともありますが、僕はうまくいかないことが大好きなんです。
チ:うまくいかないというときは何か原因がありますよね。うまくいかずにすごく腹立たしいときもあります。それでも取り組んでいけば、いい結果になることもありますね。
— 先ほど、祖父江さんの『PEANUTS』のコレクションをお見せいただきましたが、チップさんも日本のコミックを集めているそうですね。お2人とも収集癖があるようなのですが、コレクションすることとデザインすることはどのように関わっていますか?
チ:僕の知っている素晴らしいブックデザイナーさんのほとんどは、このようなコレクション癖がありますね。デザインすることとはまた別のかたちではありますが、世の中の意味を見つけるための行為のひとつなのだと思っています。
祖:僕は好きになるととことん追求してしまいます。気がつくとデザイン料よりも資料集めの額が上回ってしまいますね(笑)。
チ:すごく気持ちがわかります。本来やるべき仕事をやらない言い訳のひとつですよね(笑)。ちょっとした病気みたいなもので気になったらどうしようもなくなる…。何か探し求めて空白を埋めようとする、しかし空白が埋まってもまだなお探し続けてしまいます。
祖:仕事が終わってもなお探し続けることもありますね(笑)。
チ:何に興味を持っているかで違うとは思いますが、いつも驚くのは探していると毎回新しい発見があるということ。僕も先日中野ブロードウェイでいろいろ物色してきたんだけれど、いろんな面白いものを見つけてきましたよ。探しても探してもまだ新しいものはどこかにあるので、探し続けてしまうんだと思います。
— 収集してそばに置いておくということは、その後そのコレクションはよく見られるんですか?
祖:僕はひとつひとつで見るんじゃなくて、並べて見たいんです(笑)。並べて原寸で見るのが好きなので、ついものを集めてしまうんです。
チ:まるで僕自身の話のようだよ(笑)。いろんなことを知るためには、実際の紙に実際のインクが載っている本を見ることはこれ以上ない快感だと思います。
(祖父江さんのサイン本を受け取り、満面の笑みのチップさん。)
スヌーピーを介して夢の競演が実現したチップさんと祖父江さんの熱いトーク。マニアックなお話もありましたが(!)、そういう興味の追求からあのかっこいいデザインの数々が生まれるんですね。
チップさん、祖父江さん、ありがとうございました!
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◆スヌーピーミュージアム
http://www.snoopymuseum.tokyo/
◆チップ・キッド(ちっぷ・きっど/Chip KIDD)
1964年生まれ。ニューヨーク市在住のグラフィックデザイナー兼作家。世界各国の有名作家の装丁を数多く手掛ける。日本では米国版の村上春樹作品の表紙を担当したことで知られている。
◆祖父江慎(そぶえ・しん)
1959年生まれ。ブックデザイナー。コズフィッシュ代表。人文書、小説、漫画などの書籍の装丁やデザインを幅広く手がける。意図的な乱丁や斜めの断裁など、装丁の常識を覆すデザインで注目を集める。 近年、「スヌーピー展」「エヴァンゲリオン展」「ゲゲゲ展」「ゴーゴーミッフィー展」など、展覧会のグラフィック、アートディレクションも手がける。