lecorbusier

ル・コルビュジエの作品を、ル・コルビュジエの建築空間で観る贅沢な展覧会

2016年にユネスコ世界文化遺産に登録された東京・上野の国立西洋美術館が今年、開館から60年を迎えます。
開館60周年を記念し、国立西洋美術館本館を設計した20世紀建築の巨匠ル・コルビュジエ(1887-1965)の「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」展が2月19日より開催となりました。

さて、展示の内容はというと、建築展というわけではございません!

ル・コルビュジエが世に出た、1910年代終わりから30年代初めを中心とした彼自身の多様なジャンルの作品、そして同時代の先端的な芸術家たちの絵画・彫刻が展示されます。
これはまさに、ル・コルビュジエの造形思考の原点を探る展示なのです。

なんといっても見どころは、ル・コルビュジエの近代建築と近代美術の融合

ル・コルビュジエが設計した建築は日本で一つだけ。それが、今回の展覧会開催場所となる国立西洋美術館本館です。そして、ル・コルビュジエが手がけた美術館は、インドにある2つの美術館と、この国立西洋美術館の世界に3つだけなんです。
つまり、ル・コルビュジエの美術作品を、彼自身の建築作品である国立西洋美術館の空間の中で見るという体験は、非常に貴重な機会となります。

lecorbusier(2階バルコニーより1階の19世紀ホールを眺める)

lecorbusier(2階展示室風景)
作品と建築が調和することで展示室そのものが近代芸術となり、ル・コルビュジエの目指した近代芸術の精神を体感できる、そんな空間となっていました。空間のどこを切り取っても美しいんですよね。

lecorbusier(2階展示室に展示されている模型と19世紀ホール)

lecorbusier(2階展示室風景)

lecorbusier(2階展示室風景)
ル・コルビュジエが美術館設計時に目指したのは「近代の精神を集約し普及する拠点」としての美術館でした。 そのためには「近代建築と近代美術には共通する精神があり、両者を合わせて伝えるべきだ」と考えていたそうです。

まさにル・コルビュジエが思い描いていた美術館としての姿が、これほどまで実現できた美術展はないのではないでしょうか?
ここからは、展示の内容をもう少し詳しくご紹介していきます。

絵画作品の中にあった、ル・コルビュジエの原点

本展は、若きル・コルビュジエが故郷のスイスを離れ、芸術の中心地パリで「ピュリスム(純粋主義)」の運動を推進した時代に焦点をあて、絵画、建築、都市計画、出版、インテリア・デザインなど多方面にわたった約10年間の活動を振り返ります。

「ピュリスム」とは、パリで出会った画家アメデ・オザンファン(1886-1966)と一緒に始めた運動で、単純化した美しさを追求する新しい芸術の推進運動です。ちなみにル・コルビュジエはペンネームで、若き頃は本名のシャルル=エドゥアール・ジャンヌレという名で活動していました。
lecorbusier(写真左からアメデ・オザンファン、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエ))

ピュリスムが生まれた背景には、第一次世界大戦の終焉が大きく絡んでおり、機械技術の進歩による工業化の発展が、社会を「総合と秩序」へ導いていると称賛した二人は、機械そのものの視覚的な美ではなく、機械の形態と構造を決定する「秩序」と「調和」が普遍的な美の原理だと考えました。「秩序」と「調和」を実現するための普遍的法則を「比例」と「幾何学」に見出し、ピュリスムの絵画も建築も同じ法則を第一の拠り所としたのです。

lecorbusier左からアメデ・オザンファン《ヴァイオリンのある静物》(1919頃)、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエ)《赤いヴァイオリンのある静物》(1920)

ピュリスム初期の頃の作品がこちらです。左がオザンファンの作品、右がジャンヌレ(ル・コルビュジエ)の作品です。

lecorbusierシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエ)《垂直のギター(第一作)》(1920)

彼らが目指したのは、ビン、皿、コップのありふれた日用品、ヴァイオリンやギターのような楽器など、ごく限られた題材を使って、そこから幾何学的な原理に従って、厳密で安定感のある構成です。

非常にカッコ良い絵画ですよね。
幾何学になぜか惹かれてしまうという人も多いと思うのですが、そこにはしっかりとした法則があったのだなと感じます。

lecorbusier左からアメデ・オザンファン《瓶、カラフ、ヴァイオリン》(1920)、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエ)《ランタンとギターのある静物》(1920)

二人は毎日同じアトリエで絵を描いていたので、一見するとほとんど見分けがつかないくらいですが、オザンファンがさまざまな対象のシルエットを、画面平面上で巧みに組み合わせているのに対し、ジャンヌレ(ル・コルビュジエ)は重量感のある立体として捉え、三次元的な奥行きのある空間で配列しており、建築の並んでいる風景のような作品をつくっています。

ピカソなどが推進するキュビスムに影響を受け、変わるル・コルビュジエ

ジャンヌレ(ル・コルビュジエ)の絵画を見ていると、わずか数年の間に作風が変化している様子が見受けられます。
lecorbusier左からアメデ・オザンファン《瓶のある静物》(1922)、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエ)《アンデパンダン展の大きな静物》(1922)

lecorbusier左からシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエ)《瓶、グラス、本のある静物》(1921)、《縦のピュリスム的静物》(1922)

3次元的なヴォリュームの配列によって明快に建築化された空間に変わって、いくつもの透明な面の重なり合いによって不確実で多義的な空間が表現されるようになりました。

これらの作品の変化に大きな影響を与えたのが、パブロ・ピカソなどが推進したキュビスム運動です。キュビスムはパリの画家がはじめた世界大戦前の前衛的な運動。人物や生物といったどの対象を描くかということよりも、純粋な形によって力強い構成をつくりあげています。

本展では、キュビスムを代表するパブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラック、フェルナン・レジェ、フアン・グリスの絵画と、ジャック・リプシッツ、アンリ・ローランスの彫刻により、ル・コルビュジエが多大な刺激を受けた1920年代パリの前衛美術界を再現されています。

lecorbusier左からフェルナン・レジェ《無題》(1925)、フェルナン・レジェ《ピュリスム的コンポジション》(1920)

lecorbusierアンリ・ローランス《クラリネットを吹く男》(1919)

lecorbusier左からフェルナン・レジェ《2人の女と静物》(1920)、フェルナン・レジェ《2人の女》(1922)

ル・コルビュジエは、キュビスムの絵画が具体的・物語的な要素を捨てて純粋な造形を達成したことで、絵画は他の芸術分野より早く近代化を実現したと感じていたそうです。ル・コルビュジエは、建築もキュビスムのように、純粋な形で構成されるべきだと考え、ル・コルビュジエの新しい建築を生み出す上でも大きな原動力になったそうです。

人がつくりだすものは、これまでの経験と、周りの環境によるものが大きいということを強く感じましたし、色々なものを見聞きし、刺激を受ける、そして吸収し、自分の中で解釈をするという大切さをあらためて感じました。

ル・コルビュジエの絵画はどんどん変化していき、1928年にはこれまで描いてこなかった「風景」と「人物」が新たなモチーフとして加わるようになります。「人間と自然の調和」がル・コルビュジエの芸術の新しいテーマとなっていったそうです。

lecorbusier左からル・コルビュジエ《サーカス 女性と馬》(1929)、《レア》(1931)、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエ)《円卓の前の女性と蹄鉄》(1928)

この頃から絵画に本名ではなく、建築家として使用していたペンネーム「ル・コルビュジエ」を署名するようになっていきます。本格的に油絵をはじめてから10年が経ち、絵画に対する自信の表れとなっていたと考えられます。

そして建築へ

世界遺産登録されている「ラ・ロシュ=ジャンヌレ邸」(1923-1925年)、「サヴォワ邸」(1928年-1931年)をはじめ、ル・コルビュジエ初期時代の建築を写真や模型、そしてスケッチで見ることができます。
lecorbusier《ラ・ロシュ=ジャンヌレ邸写真》

lecorbusier《サヴォワ邸1/50模型》

lecorbusier《サヴォワ邸写真スクリーン》
1928〜1931年にパリの郊外で建てられた邸宅「サヴォワ邸」には、新しい時代の建築のためにル・コルビュジエが提案した様々なアイディアがたくさんつまっています。そして、それは国立西洋美術館にも繋がっています。

例えば国立西洋美術館の展示室を歩いていると、移動するたびに空間の見え方が変わる楽しさがあります。これは、ル・コルビュジエがサヴォワ邸設計時に提案した「建築的プロムナード(散策路)」というコンセプトが用いられているのです。

ル・コルビュジエは合理性・機能性を満たしたうえで、「詩的感動」を呼び起こす造形に達してこそ、建物は「建築」の名に値すると主張しました。そして建築を近代的な芸術に高めるという理想のもとで、建築と絵画・彫刻による総合的な芸術空間を作りあげたのです。

実際に今回の展示では、絵画を見ていると建築的空間を見ているような気がしますし、空間を見ていると絵画を見ているような気にもなる。なんだか自分自身が芸術の空間の中にいるような体感をしました。
ぜひみなさんにも、ル・コルビュジエの近代芸術の精神を、彼自身が作り出した世界遺産建築の中で体感するというスペシャルな経験をしていただきたいです。

    国立西洋美術館開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代
    会期:2019年2月19日(火) ~ 5月19日(日)
    会場:国立西洋美術館 本館(東京都台東区上野公園7-7)
    開館時間:
    午前9時30分~午後5時30分(毎週金曜日・土曜日は午後8時まで)*入館は閉館の30分前まで
    休館日:毎週月曜日(ただし3月25日、4月29日、5月6日は開館)、5月7日(火)
    観覧料:一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円 ※中学生以下は無料
    WEB:https://www.lecorbusier2019.jp