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印刷表現の可能性を追求。5人のクリエイターが実験するポスター展「グラフィックトライアル2020 -BATON-」をレポート

印刷表現の可能性を追求。5人のクリエイターが実験するポスター展「グラフィックトライアル2020 -BATON-」をレポート

こんにちは。haconiwa編集部 モリサワです。
本日は今年で15回目を迎えるプロジェクト「グラフィックトライアル2020 -BATON-」をご紹介します。昨年は新型コロナウィルスの影響で残念ながら1年延期となりましたが、記念すべき15回目は5人のクリエイターが勢ぞろい。その気になる展覧会の様子をお届けしたいと思います!

国内外5人のクリエイターによる、次世代につなぐバトン

グラフィックトライアルとは、トップクリエイターと凸版印刷が協力して印刷実験を繰り返し、新しい印刷表現とグラフィックデザインの可能性を探る企画です。毎年4名のクリエイターとコラボして、色数や用紙、インキなどの制限がほとんどない自由な環境で印刷による表現の可能性を追求します。

今年のテーマは、「BATON(バトン)」。人から人、過去から未来へリレーのように引き継がれる「印刷の可能性」というバトンを次世代へつなぐ試みを、佐藤卓氏、野老朝雄氏、アーロン・ニエ氏、上西祐理氏市川知宏氏の5名が5枚のB1ポスターで表現しました。

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会場では、壁に完成した5枚のポスターが展示されており、机上にはそのポスターが完成するまでの実験プロセスが詳しい解説付きで展示されています。机上の展示は、新型コロナウィルスの影響で例年のように触れることはできないのですが、じっくりと観察することができます。

試行錯誤により作品の魅力が増していくプロセスを見ていると、完成された作品の意図がより一層伝わってきます。

それでは、各クリエイターの作品をご紹介していきます。

印刷物の2次元で、別空間が浮き上がる表現に挑戦!

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こちらは、電通のアートディレクター、デザイナーの上西祐理さんの作品「Powers of 10」です。
ポスターやパッケージから総合的なブランディングやキャンペーンまで幅広いお仕事を手がけている上西さん。今回は、紙とインキで質感と色にコントラストをつけ、完成したポスターは、2次元の紙の上にSFのように浮かび上がる“空間時空”を表現しています。

上西さんがいつかは実現したいと考えていた「ブラックホールのような黒」、「雪山のような輝く白」、「宇宙を感じさせる色である青」をそれぞれオフセット印刷とインクジェット、紙とインキで、どこまでアプローチできるかにトライしました。

追求のプロセスでは、いろいろな発見があったそう。白インキ5回刷りよりも、紙の白の方が白を強く感じたり、黒インキを5度刷りすると、紙では最も黒いとされる用紙よりも艶のある黒の発色が得られるなど、実験を通して理解が深まったとか。

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こちらは、ライトをあてるとギラっと光る再帰反射の作用を利用した「再帰反射インキ」でのトライアル。

再帰反射インキは、身近なものでいうと自転車の反射シールやランドセルにも使われています。微小なガラスビーズを加えた高機能インキを実際に印刷。光を当てると印刷部分が発光するように浮かぶ効果が得られました。

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取材時のみ特別に会場を暗くし、フラッシュを焚いて撮影

完成ポスターの中にある、左から3つめの作品「虹彩/光彩」は、フラッシュをたいて撮影すると瞳の部分が発光して浮き上がる仕組みになっています。

後世に残る藍色。時間経過による色の変化を追求

東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムを手がけたことで知られる美術家の野老朝雄さんのトライアル作品は「REMARKS ON BLUE」。
ライフワークとして追い求めてきた藍色、その奥深い青の世界を印刷で探り、「後世に残る藍色」を表現することに挑戦しています。

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野老さんが青を追求するようになったのは2015年に青森で伝統的な刺繍技法である「こぎん刺し」の藍染の布に白い木綿糸で刺繍されたパターンに感銘を受けたことから。

日本には青を用いた紺、青、群青などの伝統色の呼び名が数多くあることにも着目。藍染や有田焼にも挑戦したご自身の経験から、「印刷ではどうなるのかな」という興味を日ごろから持たれていたそうです。今回のトライアルでは、青の強さをオフセット印刷でのアプローチで探っていきます。

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また展示されている印刷物は、時間による色の変化にも着目されていて、オーロラコートの紙に「印刷後の通常の状態」、「直射日光に72時間当てた状態」、「直射日光に360時間あてた状態」など、実際に見比べることができます。

この他にも、黒のような濃い色の用紙では、インクの色に紙の色が影響して想定外に発色することも発見。さらにCMYKの刷り順を変えてみたところ、後に刷ったインキの色調が強く残ることもわかったそうですよ。

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手前の机上のポスターと、壁の真ん中のポスターの印刷状態は同じものですが、青の色相が違って見えるのがわかりますか?

これは時間の経過によるもので、特にイエローやマゼンダのインクは紫外線に長時間さらされると色が変化する現象があるんだとか。このような色合いの違いもぜひ会場で確かめてみてくださいね。

和食の基本である「みそ汁」を印刷表現で探る

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続いて会場奥にあるのは、「明治 おいしい牛乳」などのデザインで知られるグラフィックデザイナー佐藤卓さんの作品「みそ汁 Miso Soup」。
みそ汁は日本人の食の基本であり、どんな具材でも受け入れられます。そう考える佐藤さんが「バトン」というテーマで次世代に受け渡すべきものはなんだろうとアイデアを練っていた時に「みそ汁」が降りてきたのだそう。

佐藤さんは料理研究家の土井善晴さんの本の装丁をお手伝いした頃から、毎日おみそ汁を食べる習慣ができ、続けているうちに体調がよくなったことを実感。あらためてみそ汁が日本人の暮らしの中に息づくひとつの文化であることに注目しました。印刷技術でみそ汁を題材に「文化の継承」をどこまで表現できるかにトライしています。

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通常のグラフィックはデータを1つにまとめた上でCMYKの4版で印刷します。このトライアルではなんと「具材」や「みそ」など材料ごとにデータを作り印刷。具材を重ねるようにしてポスターを完成させていきました。

例えば、各具材4色4版×具材5個で、計20版で印刷しているものもあり、インキを刷り重ねていくことで作り出される奥行や美しさを実験。会場ではこのようにアクリル板の上で重なりのプロセスを見ることもできます。

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みその質感を感じられるように、わざとインキの網点を大きくして表現されています。他の具材も近くで見ると網点の粗さと形が異なるんですよ〜。

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完成ポスターは5枚すべて違うみそ汁になっていて、食品サンプルと一緒に展示されています。丁寧に作られたプロセスをみた後だからなのか、食品サンプルを覗くと無性にみそ汁が食べたくなってきます。この展示は、近くでみたり遠くでみたりして、印象の違いを楽しんでみるのもオススメです!

限界と時代の枠を超えて、新しく誕生するポスターデザイン

台湾を拠点に活動されているアートディレクター、アーロン・ニエさんのテーマは 「Out Of Sight」。テーマの中にあるのは、「限界や枠を超えること」。
新しいものは限界の先に生み出されます。先人が学習し追求してきた可能性をリレーのように受け継ぎながらも、それに満足できずに限界の枠を飛び越えようとしています。そこで今回はルールにとらわれず、アーロンさん自身が新たなフレームとなって枠組みを生みだすことにチャレンジしました。

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展示されているポスターは、驚くことにB1ポスターの枠を飛び出したスタイルになっています!左から右へ向かって”過去から現在のグラフィック”をイメージして表現したんだとか。

一番左のポスターにある用紙の枠内におさまったグレースケールの作品は、初期のグラフィック表現をイメージ。続いて2~4枚目のポスターは見事に枠から逸脱していますが、相対面積はB1定型サイズを保持しています。右の5枚目のポスターでは、すべての制約から解き放たれたスタイルになっているんです。

枠から飛び出した新しい掲示のスタイルに驚いたのですが、個人的には、机上に展示されているトライアルをひとつひとつ見ることで、先人からのつながる「バトン」のメッセージを感じることができました。

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このトライアルでは、物理的な枠から飛び出すこと以外にも鮮やかさを増したグラフィックイメージを特色インキで表現しています。デジタルコミュニケーション時代の到来を意識し、RGBの光のような2種類のブルーを追求しています。

実は過去にもこのような試みを何度か挑戦されたそうですが、理想的な表現を印刷で再現することは叶わずにいたそうなんです。今回のトライアルでは、その試みに再挑戦されていることにも注目です!

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机の上に展示された実験段階のトライアルでは、透明な素材に裏から印刷し、蛍光インキの重ね刷りで鮮やかに演出した一枚など見所盛り沢山。RGBのようなネオンカラーを印刷で表現されたのがとても印象的です。

印刷のCMYKの発色とRGBの美しさに慣れ親しんでいるグラフィックデザイナーとして、その両方にスポットを当てているところがおもしろいですね。

写真(RGB)から印刷(CMYK)へ。“光のゆらぎ”を凝縮

凸版印刷のフォトグラファーである市川知宏さんの作品、「Chrome」では、撮影した写真のRGBデータから印刷用のCMYKデータに変換される際の「避けられなかった現象を補いたい」という思いから今回の試みをスタートしました。

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写真を印刷のデータに変換するときに、双方の色の領域が違うためにデータは圧縮されてしまいます。市川さんは印刷会社のフォトグラファーとして、印刷現場でどんなデータが必要になっても対応できるように、ピントや光を調整した写真を何枚も撮影しているそうです。

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今回も、被写体を同じアングルで被写界深度(被写体にピントが合って見える範囲)やライティングの強弱で撮影の仕様のみを変えた写真を複数枚撮影。その撮影スタイルを活かし、CMYKの各版を入れ替えることで新しい写真表現の可能性を追求しました。

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完成したポスター全体をよく見てみると、カメラのレンズをイメージし、ポスター全体に同心円の形がかかっていることがわかります。これは1枚のポスターに版の組合せを2パターン配置し、“光のゆらぎ”による色を際立たせています。会場では、このポイントも見逃さずにチェックしてみると楽しいです!

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印刷グラフィック表現に秘められた可能性を、見て、感じられる「グラフィックトライアル2020 -BATON-」。
会場の音声ガイドで全クリエイターの印刷実験の詳しい解説もされています。なんとナレーターとして出演されているのは人気ブックデザイナーの祖父江慎さんなんですよ~。

今回誕生したアイデアや技法が、また未来の新たな印刷表現の可能性を広げて次の世代へリレーしていくと思うと、ワクワクしますね!気になった方はぜひ足を運んでみてください~。
おうちで楽しめるバーチャルギャラリーも開催されていますので、そちらも併せてチェックしてみてくださいね。

グラフィックトライアル2020 -BATON-

会期:2021年4月24日(土)~2021年8月1日(日)
休館日:毎週月曜日
開催時間:10:00~18:00
開催場所・会場:印刷博物館P&Pギャラリー
東京都文京区水道1-3-3 トッパン小石川本社ビル
入場料:無料(印刷博物館展示室へご入場の際は入場料が必要となります)
※事前入館予約が必要です。
※本展および関連イベントは、新型コロナウイルス感染症の感染予防・拡散防止のために中止もしくは延期など変更になる可能性があります。詳細は当ウェブサイト等でお知らせします。
URL:https://www.toppan.co.jp/biz/gainfo/graphictrial/2020/

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