世界に広がるZINEのこと vol.1|『Melbourne1』

ZINEの世界とそのまわりに興味を持つきっかけになった1冊 
Melbourne1(メルボルン ワン)

はじめまして、橋本香です。いろいろな事が始まるときは、必ずその後ろには出会いやきっかけがあるんだと思います。この連載をすることになったのも、数年前のkeinaさんとの出会いからです。大阪にある小さな印刷屋で仕事をしていますが、孔版印刷という独特な印刷手法を使っていて、とても手作業が多いんです。ちょっと変わっていて味のある印刷を取材に来てくれた箱庭さんとの出会いが、今日に続きました。

毎日印刷作業をしていると、かっこいいデザイン、かわいいイラスト、素敵な本、いろんな作品があり、毎日が小さな出会いの連続です。その中でも特にZINEが好きで、日本全国から世界中まで気になるZINEを集めています。そのZINEコレクションの中から毎月オススメの1冊をご紹介していきます。連載第1回目は、そんな私がZINEを知り、興味を持つきっかけとなった最初に出会った1冊をご紹介したいと思います。

ZINE(ジン)ってなあに?

magazineやfanzineと「zine」が付く言葉から連想できるように「本」の仲間で、簡単に言うと「個人で作る本(冊子)」という事になります。 そのZINEの始まりは、アメリカでコピー機が発売された頃、自己表現したものをコピーし、ホチキスなどで自主製本した100部~1000部程度の少部数の本と言われていたり、80年代、90年代のスケーターが作ったカルチャーだったりと言われています。日本ではZINEと呼ぶ場合と同人誌と呼ぶものもありますが、はっきりした定義ありません。

このZINE、本の一種といっても、本とはちょっと違うんです。好きな写真だけを載せたり、夕飯のレシピ、文章、詩、イラストレーション、内容はなんでもいいんです。 作る人の表現したい事をそのまま反映し、誰でもいつでも、自由に作り始められるのが「ZINE」なんです。だからこそ 内容、色づかい、本の形、製本の方法も様々で個性的。

ZINEの特徴は

個人が自由に表現する本

一般的には部数は1000部以下のものが多い

本という基本形態以外は、自由

ZINEを知るきっかけになった1冊「Melbourne1」には、
見たことのないページが並んでいました。

ZINEを知るきっかけになった1冊「Melbourne1」には、見たことのないページが並んでいました。
まだ私が「ZINE」という言葉をに出会う前に、小さな本屋さんで買ったこの本。最初に気になったのは、表紙の金箔。奇麗だなぁ~と眺めていて、次にびっくりしたのが、本なのに背にタイトルがなかったことです。 ホッチキスで止められた本は、本棚に入ったら手に取ってもらえないはずなのに。そしてあるはずの帯とカバーがなかったんです。
そんな、本に必須の「手に取って見てください」という自己主張、それがなされていないこの本に、なぜか、より一層の自己主張を感じました。 どうしても中身が気になって、パラパラとめくっていくと、小説本には珍しく文章の背景に絵が描かれている大胆なページがあったんです。

Melbourne1

Melbourne1

そして、切り取れるミシン目が入ったページ。

本なのに切り取れるなんて。
そして、切り取れるミシン目が入ったページ。

Melbourne1

極めつけは、三角に切り取られたページです。

三角の部分は、 文章が消えてしまったかと思うデザイン。中にはイラストだけのページも。ここまできたら、アートな文学本です。ここまで大胆なページのZINE、この本以外にはまだ出会っていません。
極めつけは、三角に切り取られたページです。

Melbourne1

『きょうの猫村さん』作者 ほしよりこさんの漫画は折り込みページになって入っていました。中面は漫画、外面は一枚絵のような仕上がりです。
『きょうの猫村さん』作者 ほしよりこさんの漫画は折り込みページになって入っていました。

中面は漫画、外面は一枚絵のような仕上がりです。

Melbourne1
発行部数1500部と、少し多めの部数。 手軽に作ったZINEという感じはなく、印刷も凝っていて、これはZINEという範囲なのかと、少し悩みました。でも表現はとても自由で、最後には手描きのクレジット。わたしが持っているものは1250番目です。これが入っていると、やはり作り手の方達の意思が見えて、これはZINEなんだな、と思っていると、巻末にこんな風に書かれていました。

奥付に「乱丁,落丁本はお取替えいたしかねます」と気の利いたつもりのギャグをいれてこその同人誌だろ、
という気に(土壇場で)なってきた』
(『Melbourne1』巻末言ページより引用)

そう、これは同人誌だったんです。もちろん同人誌もZINEです。初めは気が付かなかったんですが、実は作家の長嶋有さん、福永信さん、柴崎友香さん、画家の法貴信也さん、デザイナー名久井直子さん、本やアートに関わるプロの5名が編集・発行者として作られたZINEだったんです。

発行当時のニュースでもこんな風にとりあげられていました。

芥川賞作家の長嶋有さんが呼びかけ、柴崎友香さんや福永信さんらプロの作家が同人となった異色の同人誌「メルボルン1」が完成した。文芸誌や雑誌などにすでに発表の場を持っている作家が、それぞれの「かっこいい」を持ち寄り、新たな可能性を探っている。12日に東京・秋葉原で開かれる「第5回文学フリマ」などで販売する。(以下略)
出典:asahi.com- BOOK

偶然出会ったこの本に、私の本への固定概念を崩されてしまい、自由な本の世界に魅了されました。そして、そこから、本らしくない本を探すようになりました。それがまさにZINEだったんです。発行部数が少ないZINEだからこそ、その時にしか出会えないこともたくさんあります。世界はインターネットでつながっていて、手に入る本もたくさんありますが、その場所、そのお店でしか手に入らないものも多いのです。だからこそ余計に探したくなるのかもしれません。

次回は海外で出会ったアートなZINEを紹介したいと思います。

つづく

Melbourne1

    『Melbourne1』

    編集・発行  柴崎友香 長嶋有 名久井直子 福永信 法貴信也 
    2006年11月12日発行
    限定1500部
    A5版 86頁

    【同人プロフィール】 (『Melbourne1』 (2006)より引用)
    柴崎友香 (作家)
    1973年生まれ。行定勳監督によって映画化された『きょうのできごと』で2000年にデビュー。著書に『青空感傷ツアー』『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』(いずれも河出文庫)『フルタイムライフ』(マガジンハウス)『その街の今は』(新潮社)などがある。

    名久井直子 (デザイナー)
    1976年生まれ。ブックデザインなど、紙まわりの仕事を手がける。主な装幀に『パラレル』長嶋有『にょっ記』穂村弘(ともに文藝春秋)『スペインの宇宙食』菊池成孔(小学館)『いつか僕らの途中で』柴崎友香/田雜芳一(ポプラ社)などがある。

    長嶋有 (作家)
    1972年生まれ。2001年『サイドカーに犬』で第92回文學界新人賞、2002年『猛スピードで母は』で第126回芥川賞を受賞。著書に『ジャージの二人』(集英社)『パラレル』(文藝春秋)『夕子ちゃんの近道』(新潮社)などがある。

    福永信 (作家)
    1972年生まれ。短編「読み終えて」でリトルモア・ストリートノベル大賞受賞。著書に『アクロバット前夜』(リトル・モア)『あっぷあっぷ』(村瀬恭子との共著/講談社)がある。

    法貴信也 (画家)
    1966年生まれ。TARO NASU GALLERYやオンギャラリーでの個展開催の他、「六本木クロッシング:日本美術の新しい展望2004」(森美術館)、「絵画新世紀」(広島現代美術館)などにも作品を出品。

    【ゲストプロフィール】
    穂村弘 (歌人)
    1962年北海道生まれ。1990年に歌集『シンジケート』(沖積舎)でデビュー。気鋭の歌人として、創作、評論ともに活躍。著者に『手紙魔みれ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』『短歌という爆弾-今すぐ歌人になりjたいあなたのために-』(ともに小学館)など。近年エッセイストとしても注目を集めている。ほむらひろし名義による絵本翻訳も多数。

    ほしよりこ (漫画家)
    1974年生まれ。関西在住。
    2003年7月より「きょうの猫村さん 1 」をネット上で連載。
    2005年7月に単行本『きょうの猫村さん 1 』を
    2006年5月に『きょうの猫村さん 2 』(マガジンハウス)を出版。
    日本中の老若男女を虜にした。

    中原昌也 (作家・ミュージシャン)
    1970年生まれ。2001年『あらゆる場所に花束が・・・・・・』で第14回三島賞を受賞。著書に『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』(河出文庫)、『KKKベストセラー』(朝日出版)などがある。ミュージシャンとして、暴力温泉芸者、ヘア・スタイリスティックス名義による音楽作品も多数。